日本戸山流居合道正統会公式ホームページ訪問数

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長らくご愛好頂きましたホームページですが、諸事情により近日中に閉鎖いたします。

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 C O N T E N T S

【本部・支部・事務局の概要】

【投稿作品作者及び他目次】

   
本部 ・支部 ・事務局 会       長 : 田中 國雄
◎ 役    員    名    簿 副   会   長 : 木戸 正彦
◎ 各支部練習日及び連絡事項 理   事   長 : 前田 康博
◎ 段位免状 ・ 本部看板(画像) 会 計 監 査 : 関     利満
   
正統会専用掲示板(ID・PAS必須)

 
舞鶴支部長 : 大槻   久

【更 新 履 歴】

舞 鶴 支 部 : 菊地 雄二
2016/04/04:平成28年度定例理事会開催 舞鶴在住者 : 高橋 信之
2016/10/01:役員名簿更新  

 

宝塚支部長 : 橋 素直
  宝 塚 支 部 : 岡田 清高
  宝 塚 支 部 : 川田 信郎

 

宝 塚 支 部 : 清水 昭嗣
  宝 塚 支 部: 菅原久良眞
   
  豊 中 支 部 : 藤原 愛子 
   
  彌伽宜神霊剣 (解説)
  教務係:基礎・本居合解説
    居合披露   豆知識  剣豪
  リンクソース

 

故:辻政雄先生遺稿


 


 

会  長 : 田中國雄


 

会 長 ご 挨 拶


◇森を護る祭祀蒸嘗

自らを律する

身近な者を見直そう 16-9-10

ゆとりある姿、災い転じて福と為す 17-1-1

今改革、改革に思う 
17-10-20

初春に穏やかな発展を祈る 19-1-1

年頭ご挨拶 不易に学ぶ 
21-1-1

年頭ご挨拶 22-1-1

清水と椛  23-1-1

再びの歩み 24-1-1

本部 彌伽宜神社二千百年祭に思う 
25-1-1

偶然の積み重ね 26-1-1

明治生まれ偉人の気概
27-1-1

謹賀新春 ボランティア活動に想う  28-1-1


 


 
彌伽宜神霊剣
 

彌伽宜神霊剣(解説


 



 


正統会教務係
 

◇正統会基礎居合詳解説(正統会教養)

◇正統会本居合詳解説(正統会教養)

 


 
故 : 辻  政雄先生
 

迎春 17-1-1

支部便り 
19-1-1

 






 

副 会 長 : 木戸正彦






 

◇井伊家の家老で居合の達人   長野無楽斉

◇神より刀法を伝授された 居合の始祖

早春の昼夢

謹賀新年
17-1-1

謹賀新年
19-1-1

平成20年 年頭ご挨拶  20-1-1

新年のご挨拶 
21-1-1

新年を迎えて 22-1-1

新年明けましておめでとうございます 23-1

新年をお迎えの 事と心よりお慶び申し上げます 24-1

新年のご挨拶
25-1-1

柳生の里 26-1-1

喜寿 27-1-1

初春に思う  28-1-1


 




 

理 事 長 : 前田康博
                        端宝
          武愛草 



 


宝塚居合道協会発足20周年を迎えて
17-1-1

「歴史探訪研究会総会」で演武!

豆知識 
19-1-1

範士・九段「辻 政雄先生」を偲んで 21-1-1

新年のご挨拶 
22-1-1

私のこれまでの生き方 22-1-1

謹賀新春年頭雑感「遅駆けのすすめ」 23-1-1

新春を寿ぎ会員剣士各位のご繁栄をお祈り申し上げます  24-1-1

復元された赤レンガ駅舎と武士道
25-1-1

武士道における和の心 26-1-1


試し斬りの意義 27-1-1

父を偲ぶ 28-1-1



 

舞鶴支部長 : 大槻 久  

居合「刀」と私  20-1-1

正統会の皆様新年明けましておめでとうございます 24-1-1

自問自答しながらの稽古
25-1-1

見取り稽古 26-1-1

准範士を拝受して
27-1-1

寝物語に 28-1-1

 

  舞鶴支部 : 菊地 雄二

一人演武 28-1-1

 


豊中支部 : 藤原愛子


◇海外研修で居合を演武 16-9-10
 



宝塚支部長 : 橋素直
 

居合道における基礎知識
26-1-1

居合道と不動智 27-1-1

居合道における基礎知識(三)
28-1-1
  宝塚支部 : 岡田清高

◇鞘鯉口部の補修方法

居合道に学ぶ  17-1-1

試し斬りについて 
24-1-1

試斬りについて そのU 25-1-1


 
   

会計監査 : 関   利満
             順厳




 

 

宝塚支部 : 川田信郎
                 (竹村)






 

宝塚支部 : 清水昭嗣



宝塚支部 : 菅原久良眞

 

雑感 21-1-1

談山神社奉納演武祭に参加して 24-1-1

途切れた領収印-「藩士辻政雄老師」の思い出25-1-1


竹田城趾へ 26-1-1


JR生野駅の不思議について 27-1-1

初笑い
28-1-1



 

寄稿:『光芒』 24-1-1

栄光への脱出“点” 25-1-1


 




◇[寄稿] 家庭円満を考える
25-1-1




◇僕の居合道
25-1-1
 



 

舞鶴市 : 高橋信之
 

◇刀の部位の名称(画像)   
私の居合道と彌伽宜神社 
19-1-1

 
居合披露
◇居合披露(画像)
 


 
豆知識
◇祝い箸について

 
剣 豪
◇剣 豪(画像)
 


リンクソース

日本戸山流居合道正統会リンクソース

 


本部 ・ 事務局 ・ 支部

本   部 〒625-0062 京都府舞鶴市森872 彌伽宜神社々務所内 宮司 : 田中  國雄
      電話:0773-62-5462


 

Email
mikage_kt@zeus.eonet.ne.jp
n@takaden.info
 

事 務 局 〒665-0003 兵庫県宝塚市湯本町9-18-1705 前田 康博(准範士七段)
      電話:0797-85-2252

支   部 ■舞鶴支部長(京都府)             大槻   久(准範士七段)
■宝塚支部長(兵庫県)            高橋 素直(准範士八段)
■豊中支部長(大阪府)         木戸 正彦(範士八段)

役 員 名 簿

顧問/相談役

相談役

大槻   久(准範士七段 : 舞鶴支部)

 
役員/理事
会   長 田中  國雄(彌伽宜神社宮司 ・ 五段 : 舞鶴支部)
副 会 長 木戸  正彦(範士八段 : 豊中支部長)
理 事 長 前田  康博(准範士七段 : 宝塚支部)
理  事 高橋  素直(准範士八段 : 宝塚支部長 ・ 教育指導委員)
理  事  
理  事  
理  事 岡田  清高(錬士七段 : 宝塚支部)

理  事

菊地  雄二(五段 : 舞鶴支部 )

 

   

監  査

関    利満(錬士五段 : 宝塚支部) 

事務局担当

                                                               ※黒太字は 三役を示す

 

舞鶴支部 

会 場

: 彌伽宜神社(大森神社)社務所 大広間

 

 

指 導 

: 舞鶴支部長 : 大槻  久(准範士七段 : 教育指導委員)

 

 

 

 

通知 :


  基本としては下記の予定としますが、大いに変更もありますので舞鶴支部までお問い合わせ下さるか、本部社務所入り口のボードをご覧下さい。

 
平成28年度稽古予定
      
◇  1月度 : 1月日()午後時頃から 
  
◇  2月度 : 2月21日(日)午後2時過ぎ頃から
  
◇  3月度 : 3月13日(日)午後2時過ぎ頃から 
  
◇  4月度 : 4月日()午後時頃から
  
◇  5月度 : 5月日()午後時頃から
  
◇  6月度 : 6月日()午後時頃から

◇  7月度 : 7月日()午後時頃から 

◇  8月度 : 8月日()午後時頃から

◇  9月度 : 9月日()午後時頃から

◇10月度 :10月日()午後時頃から 

◇11月度 :11月日()午後時頃から 

◇12月度 :12月日()午後時頃から 
           

【平成27度10月昇段試験合格者】

  ・ 初段  岡田 勇太(舞鶴)
  ・ 初段  碓村 仁啓(舞鶴)
  ・ 初段  崎山     睦(舞鶴)
  ・ 二段  小浦 功視(舞鶴)


  以上の方々おめでとうございます。

※日程など詳しくは次のアドレス(彌伽宜神社)ご覧下さい。
  http://www.takaden.info/Mkagezinzya6.htm

※平成27年10月25日は彌伽宜神社(三安神社秋祭り)昇段試験
 と兼ねています。

※四方払いの真竹22日(木)搬入

※見学も歓迎します、奮ってご参集ください。

※入会希望者は追って練習日などをご連絡申し上げます。


 

 

宝塚支部

   時 間



: 毎週  : 水曜日 午後7時から9時まで
 

 

会 場

: 宝塚市武道場 

指 導

: 支部長 : 高橋  素直(准範士八段 : 教育指導委員)

 

 

 

 

 


【平成27度10月昇段試験合格者】


 ・三段  森本 文博(宝塚)
 ・二段  葉上 晃弘(宝塚)
 ・四段     武村 亘二(宝塚)


 以上の方々おめでとうございます。

 

豊中支部

時 間

: 毎週 : 火曜日 午後7時から9時まで

 

会 場

 

 

指 導

: 支部長 : 木戸 正彦(範士 : 八段)

 

連 絡 事 項
 


日本戸山流居合道正統会段位免状専用額

この度、ある方のご協力の基、専用額を作成して頂きました。
ご希望の方が有りますれば実費(4,000円:送別)で作成して頂きます。


終了

平成21年度日本戸山流居合道正統会錬成大会のお知らせ

日 時:平成21年6月28日(日)12時〜14時
        
場 所:
宝塚市立スポーツセンター  武道館二階 剣道場 北面

主  催 : 日本戸山流居合道正統会

共  催 : 宝塚市居合道協会 

 【次第】

司会:
前田康博 (理事長)

開会宣言 : 木戸正彦 (副会長)大会委員長

開会挨拶 : 田中國雄 (会長:彌伽宜神社宮司)

来賓挨拶 : 森脇やすと先生 (宝塚市居合道協会相談役)

 【演武】

基礎居合
宝塚支部 (指導:高橋素直/教士 八段)

神刀流居合:神刀流 神刀館 茨城支部 代表 越智
勝流 先生

本 居 合:宝塚支部 (指導:花城
可優/教士 七段)

神刀流剣舞:「逸題」 橋本佐内 作
        神刀流 神刀館 茨城支部 代表 越智
勝流 先生

閉会宣言:前田康博 (
宝塚市居合道協会々長)

 【出場剣士・選手】

《招待演武》:神刀流 神刀館 茨城支部 代表 越智勝流 先生

舞鶴支部:大槻久、田中國雄、高橋信之、菊地雄二、成田純司

豊中支部:木戸正彦、木戸建策、野瀬有紀、野瀬壮平、藤原愛子、
       藤岡昌司、木戸祐子

宝塚支部: 高橋素直、前田康博、花城可優、岡田清高、椿野宮、関利満
        多賀重夫、佐野淳、杉本和彦、岡本圭一、清水昭嗣、藤原香
        藤原陸、南久美子


 

 神刀流居合:越智先生 
平成21年度錬成大会演武を力強く披露される神刀流神刀館茨城支部越智先生


平成21年度日本戸山流居合道正統会錬成大会参加の皆さん

平成17年度日本戸山流居合道正統会理事会懇親会状況

 

終了平成26年度第回総合武道祭

 平成2 6日(日)京都旧武徳殿において第21回総合武道祭が開催されます。

 この大会は全国から異種武道約20団体が結集、居合・抜刀道も当会を含め計5団体が参加し、それぞれ円熟した、また迫力のある演武を披露します。


慎重に頑張って!


昇段試験様子(平成17年10月)


終了
平成26年 彌伽宜神社 例大祭

http://www.takaden.info/Mkagezinzya6.htm

上記アドレスから例大祭行事日程を参照下さい。

彌伽宜神霊剣他 ・ 戸山流正統会居合奉納演武 : 宝塚高橋支部長

  (木戸副会長/宝塚高橋支部長参加)

※おおよそ11時頃から彌伽宜神霊剣含んだ一連の行事が始まります。


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終了

平成25年三安神社(彌伽宜神社)秋祭り


彌伽宜神霊剣・戸山流正統会居合奉納演武

主催 : 日本戸山流居合道正統会


後援 : 三安神社秋祭り南舞鶴の会


日時 : 平成25年10月13日(日)12時〜三安神社神事終了後

場所 :彌 伽宜神社拝殿前付近にて  

集合 : 彌伽宜神社社務所(彌伽宜神社境内)大広間

演武 : 高橋 素直(教士八段:教育指導委員)・日本戸山流居合道正統会々員

日本戸山流居合道正統会昇段位試験

場所 : 彌伽宜神社社務所(彌伽宜神社境内)

日時 : 平成25年10月13日(日)1時頃〜奉納演武終了後

申込 : 日本戸山流居合道正統会各支部々長まで

詳細は別途各支部長より案内があります。

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平成25年度昇段試験受講のみなさま合格の報に際し誠に
おめでとうございます。

今後も、益々の技術の錬磨もさることながら後輩各位の
ご指導にもよろしくお願いします。

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理事の皆さんご苦労様でした。成功裏に終了しました。

 
 平成28年度 
  定 例 理 事 会 の 開 催 に つ い て 


日時 : 平成28年5月7日(土)11時00分〜13時00分

場所 : 宝塚市 宝塚ワシントンホテル1F

【議題】

1.平成27年度事業報告・会計報告・監査報告

2.平成28年事業計画

3.その他・支部活動報告

【お願い】

 ・最新の会員名簿を準備したいと思いますので、支部の名簿をメールで送信

   いただきますようお願いします。
        
・理事各位には出欠の程を1週間ぐらい前にご連絡ください。




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◎総合武道演武祭に参加   終了

 平成25年9月日(日)京都市旧武徳殿で開催された全日本総合武道連盟主催の「第2回総合武道演武祭」に出場した。
 本大会は第
回目の記念大会にあたり海外8か国を含む約40団体から出場があり盛大な大会となった。
 開会式(開会宣言、来賓の京都府知事の挨拶など)の後、当会は21番目に登場し本居合及び霊剣を堂々と気合を込め演武、会場は拍手喝采に包まれた。
 閉会式では京都新聞社から感謝状をいただいた。

(本部社務所に掲示)

 なお、第22回大会は平成26年9月日(日)に開催予定
       
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終了

  技 術 講 習 大 会 

日 時 : 

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終了
  【 臨 時 理 事 会 】 

宝塚支部長に高橋 素直様(教士八段:教育指導委員)が選任されました。

 


前田理事長が「歴史探訪研究会総会」で演武!

平成15年12月13日(土)東京青山学院会館で行われた、歴史探訪研究会総会(会員約50名)に当会本部・前田事務局長(教士七段)が参加し、正統会居合を披露しました。

同研究会は日本の歴史を学ぶ会で、刀の勉強も含め都内の由緒ある地を歩いて歴史を勉強するなどの活動を行っていますが、縁あって居合の演武を依頼されたものです。

当日は大学教授が新撰組の講義をされた後、前田事務局長が戸山流基礎居合、本居合を披露し解説を加え気合いと迫力で参加者を魅了しました。

問い合せ先  前田  康博(電話 : 0797-85-2252)まで。

 

日本戸山流居合道正統会公式ホームページ


 

段位免状

新調された本部看板


剣  豪

無刀流山岡鉄舟二代目
右ー香川 善次郎
左ー小南    易二
無双直伝流
中山 博道

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会  長  ご  挨  拶

 


謹 賀 新 春  28−1−1

ボランティア活動に想う

 

  員皆様には新春を健やかに迎えられたこととお喜び申し上げます。
昨年平成二十七年は彌加宜神社の整備事業も順調に進み、二期工事の本殿、拝殿の改修工事及び本殿、拝殿を繋ぐ建屋が其々完了しました。
 
 今年はいよいよ長い参道の改修を行う予定です。
 整備が完了すれば神霊剣奉納や昇段試験演武がより栄えることと思います。
 ところで、一昨年すっかり心を奪われてしまったと云っていた小説「海賊と呼ばれた男」は、旧海軍鎮守府等、舞鶴の魅力をふんだんに取り入れた映画撮影が快調に進んでいるようです。
 映画監督の話によれば「舞鶴にはよくぞこんな場所が残っていたと思わせる、戦前戦後の時代が再現できる風景がある」そうですが、戦後の姿を残しているのは風景だけでなく優しい心も在るのだと思います。

 昨年舞鶴の引揚記念館の資料が、世界記憶遺産に登録されましたが、昭和二十年から十三年間延べ66万4千531人の方々が舞鶴港に感激の祖国帰還を果たされました。私も小学生の時学校から慰問に行き「かもめの水兵さん」を踊ったのを覚えています。
 舞鶴市民の多くは、当時の記憶を受け継いでいます。
 舞鶴市ボランティアセンターは昨年設立四十周年を迎え、現在九十八団体が活動しています。私もセンターの運営委員長をさせて頂いて既に十五年になり、共に活動していますが、何時も感じていることがあります。

 福祉関係のイベントには広く、市民に協力の依頼をしますが、其の都度、多くのボランティアが快く集まり、労を厭わず力を合わせます。何といっても舞鶴のボランティアの方々は皆とても優しい。
 そんな姿が舞鶴の風土を創っているのだと手前みそですが、勝手に想っています。


 

明治生まれ偉人の気概 27-1-1

 

会員皆様には、新春を健やかに迎えられたこととお喜び申し上げます。

昨年平成二十六年は午年で、わたしも歳男でしたが幸いなことに嬉しい出来事が多くあり恵まれた歳でした。

彌加宜神社の整備事業も順調に進み、初年度の三安神社の玉垣、一の鳥居(赤い鳥居)の改修工事が其々完了しました。

三安神社の例祭に間に合うように鋭意進められた工事関係者に感謝しています。

例祭当日三安(身安かれ、心安かれ、家も安かれ)を祈念し行う演武も、新入会員を多く迎え一層賑やかになってきました。

仲間が増えることは何よりも嬉しいことです。

ところで、私は最近本を読む事を忘れてしまっていたのですが、たまたま手に取った小説にすっかり心を奪われてしまいました。一気呵成に上・下二巻を一晩で読み切りましたが、何度も感激し涙が溢れました。

それは「出光佐三氏をモデルにした小説」ですが、異端ともいえる信念を貫き通した海賊とよばれた男の一代記です。店員を一人も首にしない、出勤簿は必要としない、定年はない、そこに貫かれるのは店員への、深い情と信頼感です。敗戦時既に還暦の年齢に有りながら信念を貫き通し、あらゆる窮地を乗り越え立ち上がらせたのは、自らの使命感でした。

敗戦の壊滅した日本を復興させたのはこの主人公のような明治生まれの人々の気骨だと感じます。この小説の主人公が昔頑固に感じていた自分の父に重なり、何度も泣かされました。現代失われつつある武士に似た素晴らしい人間像をそこに見た感じがしました。

 お互いに、居合道を求め、人を何よりも大切にする心と、刀のように真っ直ぐで、折れない使命感を身につけてゆきたいものです。


 

偶然の積み重ね 26-1-1

会員皆様には、新春を健やかに迎えられたこととお喜び申し上げます。
 平成二十六年は午年、馬と云うと何か勇気が出てきそうな感じになりますが、そう言う私も、歳男になりますので今年は元気を出さなければと思います。

 さて、昨年十月にキリンビバレッジ
()舞鶴工場の閉鎖が定められ、舞鶴からの撤退に市民の間には無念の思いが広がりました。一般の方では知る人は少ないのですが、工場三階屋上には立派な企業内神社、稲荷神社が祀られていました。

 毎年三月には工場関係者で例祭を催行し、安全を祈願してきました。
 私も毎年祭司を務めてきましたが、十月の工場閉鎖に伴いこの稲荷神社の扱いについて、工場長から直接相談を受けました。

 平成二十五年は彌加宜神社二千百年祭記念、境内整備事業を立ち上げ最中でしたので、大森神社境内への遷座を提案し、快諾されました。会社は十月十日遷座奉告祭を行い、即移設工事に入りました。
 
 工事は順調に進み、十一月十一日竣工、十一時から工場関係者をはじめ多くの氏子の参列を頂き麒麟稲荷神社の鎮座祭が催行されました。
 朝から雨の一日でしたが、祭典中だけ雨が止んだのです。
 立派に整った麒麟稲荷神社は毎年この日を例祭日とし地域、団体、個人の繁栄を祈願します。処でこの稲荷神社が建立されたのは平成四年です。

 この年先代の宮司がなくなり、私の代になった年です。私の神職の歳と同い年です。また直会の席で総務部長から聞いて驚いたことには十一月十一日例祭日は工場長の誕生日であったことです。
 偶然の出来事に出合うと、私の先代の命日が先々代、先々々代、三代同じ日であることを思い起こします。

 また当正統会立ち上げ時の三安神社と人の繋がりは真に偶然の成せる技です。
 いろんな偶然の積み重ねが其々の人生を左右しているような気がしています。
 今年は更に素晴らしい偶然にめぐり合いたいものです。

 

本部 彌加宜神社二千百年祭に想う 25-1-1
 

 会員皆様には、巳年新春を健やかに迎えられたこととお喜び申し上げます。
 さて今年平成25年は、本部の彌加宜神社にとっても節目の年となりますので、そのお話をして新春の挨拶にさせていただきます。

 昇段試験に本部に来られた時、お気づきの方も居られるかと思いますが、参道、石の鳥居脇に高さ3メートルにもなる立派な石碑が建っています。それには彌伽宜神社二千年祭記念と記され、裏面に大正二年九月二十一日となっています。
 
 このことから起算しますと、平成25年は二千百年祭の年に当たります。
 振り返ってみますと50年前の二千五十年祭、先代宮司の折にも社務所を建て、池周辺を改修し、植樹をするなりの境内整備事業を行っています。

 半世紀、一世紀の歳月は、建物は勿論のこと、樹木の成長に伴い参道、石の玉垣等あらゆるところに損傷を来たします。
 私も古希を過ぎ、正式に宮司の階位を得てから早17年になります。この機に、京都府指定文化財環境保全地区である彌加宜神社境内の整備事業に取り組み、地域の誇りある風土を次世代に引き継がねばと、今責任を感じている所です。

 彌加宜神社の御祭神は天之御影命で刀剣をはじめ鉄の諸道具を作り始められた金工鍛冶の祖。今で謂えば手工業、産業、ハイテクの神様で、新しい物を産出す事に御神徳のある御祭神です。
 二千百年の根拠は、日本最古の書物、古事記の十代崇神天皇十一年の条に丹波道主之命が若狭富士の青葉山に住む玖珂耳之御笠を討ち丹波地方を平定したとあります。

 丹波道主之命の母は息長水依姫でその父が天之御影命です。丹波道主之命が丹波平定の折、母方の祖父を霊泉の涌くこの地に祀ったのが始まりと云い伝えられています。息長とは所縁が深く、氏子地区行永は息長が訛ったのだと言われてもいます。

 それはさて置き、人生には節目の年が巡ってくるようです。分かれ道、岐路で決断の年の事です。私はなぜか17年周期で岐路に立つように思えます。
 今年はそんな年なのかも知れないと感じています。

 従って居合も、最高齢、関さんの闘志に負けないように、私も五段の試験に備えます。
 次の岐路は17年後、米寿の時、現世と幽界の岐路、その時にはもう決断の必要はありませんね。

 

『再びの歩み』 平成24年1月1日
 

 彌加宜神社境内の紅葉もこの年は随分遅く、色づく時期も木々により大きく異なり、やっと見ごろかと思ったらもう歳の瀬、つい正月に椛もあり得るのかと思ってしまいました。

 会員皆様には、この異変続きの辰年新春を、どの様な決意で迎えられましたでしょうか。

 昨年9月私は京都の旧武徳殿で行われた第20回総合武道大会の演武に初めて参加させていただき、また外国の方の多い懇親会にも出席でき、緊張しましたが、意義のある一日でした。
 
 今年も参加できるよう稽古に励みたいと思います。

 ところで今年は昨年末から遣り始めたことがあります。
 な〜んだ!とお思いでしょうが、それは歩くことなのです。
 随分昔にも万歩計を着けて歩いていたように思いますが、愛用の万歩計を失くしてから、何時の日にか止めていました。

 その愛用の万歩計がひょっこり見つかったのです。
 それを身につけた途端、急に歩く意欲が湧いてきたのです。

 最初のうちはただ気の向くままに歩いていたのですが、段々万歩計に支配されるようになりました。
 今日一日何歩、歩けたかな?昨日は?一週間毎日一万歩以上を達成すると、今度は一週間毎日一万五千歩以上歩こうと、ついムキになっていました。

 万歩計には一週間分の履歴が残っています。

 一日未達成になると、取り戻すのに一週間かかります。一万五千歩出来たぞ!今度は二万歩だ?これは大変なことです。
 雨の日も、風の強い日も、疲れている日も在りますから。
 結局何時か目標未達で挫折します。
 挫折、再開の葛藤を繰り返すうち、私はやっと悟りの境地に達しました。

 未達成の日が有っても諦めない。

 再びまた繰り返す。そして未達成の日を出来るだけ少なく出来る工夫をしました。 
 其れは最も気にいった、好きなコースを歩くことだったのです。

 素晴らしい道、何回歩いても飽きないそんな道を、私は遂に見つけました。

 それは桜の木が植わった与保呂川沿いです。
 京都の哲学の道を思い浮かべますが、与保呂川はそれよりずっと大きいです。

 海に至る河口付近から上流へ向かって歩き今度は対岸を下ります。

 目が覚めたら直ぐ歩きに出掛けます。
 4時の時も、5時の時もあります。歩いていると白白と朝が明けてきます。
 川のせせらぎは前日の雨量によって毎日違って聞こえます。
 
 何時も青鷺が立っていますし、何組かのカモの番にも出会います。
 行交う人は殆ど無く、この素晴らしい自然が全部自分の物になります。

 歩いていると色々な事が頭に浮かんできます。
 今日、明日の宮司の勤め、境内の池に泳ぐ100匹の金魚の餌やりのこと、ボランティアセンターや、身体障害者センターの福祉行事のこと、中学校OB合唱練習のこと、民生委員のこと、孫たちのことなど等、勿論居合の事も、急に立ち止まっては彌加宜神霊剣、と傘を振り廻す事があります。

 私も万歩計のおかげで、決意新たに、楽しく歩み始めました。
 今年は逃げていて、遣れなかった事を再びやってみようと思っています。

 正統会会員の皆さん、今年も宜しくお願い致します。楽しく一緒に歩んでいきましょう。

 

★★★★★★★ 清水と椛 二十三年一月★★★★★★★
 

 今年は平成23年卯年です。卯は方角でいえば東、季節では春、五行の木火土金水では木、木は火を助けるとか。私は午年生まれで、火ですから今年は助けられる年ということになります。
 我田引水で都合よく、勝手にそう想っているわけですが、会員皆様には、この卯年の初春に其々どんな想いを籠められましたか。

昨年9月に当会は京都の旧武徳殿で行われた第19回総合武道大会に初参加をし、他グループに劣らない堂々とした演武を披露しました。
 今後益々練成し、その成果を毎年由緒ある武徳殿で披露出来ると嬉しいと思っています。

ところで毎年10月の昇段試験の会場ともなっています彌加宜神社境内の椛に気付かれた方、お在りですか?奉納演武の時季はまだ椛の紅葉には早く木々も小さいため目立たない存在です。
 しかし
11月下旬になると風景は一変し、何百年も経たケヤキや樫の木の緑の下で真っ赤に色づいた椛が素晴らしいコントラストを見せます。10年以上前から私が毎年30〜50本の苗木を植え続けたものです。
 梅雨時期に植え猛暑、渇水期を乗り越え残った椛だけが、一斉に真っ赤に燃えます。春夏も其れなりに綺麗ですが、紅葉の散り際はハッとする紅で感動です。

 
10年以上前の事と云いますと、もう一つ池に水を復活させたことがあります。神殿横の池は往時「みかげの森の森清水、清きは我らの心なり」と謳われる湧水でしたが、半世紀前の台風13号の被害を機にその湧水が止まり、以来清水が涸れていました。

 私の帰省時真っ先に手掛けたのが池に清水を戻すことでした。いまでは多くの鯉、金魚、鮠が居りザリガニも住んでいます。魚は年々増え、また大きく育っていて、楽しみです。

池には清水で大きく育った鯉が泳ぎ、また多くの椛が成長し、秋の散り際、精一杯真っ赤に色づく姿を何時も夢見ています。
 この清水と椛に自分の心を置き換え、日々元気を貰います。身近な自然である清水と椛は私の生き甲斐なのです。今年は清水と椛の心に習い、錬成します。

平成23年初春に想う

 

∞∞∞∞ 年頭ご挨拶 二十二年正月∞∞∞∞
 

 初春のお喜びを申し上げます。
 会員剣士の皆様、今年も宜しくお願い致します。

 

∞∞∞∞ 年頭ご挨拶  不易に学ぶ 平成二十一年一月吉日∞∞∞∞
 

 いよいよ平成二十一年の幕開けです。
 世相は騒然、100年に一度の危機的状況とかで重苦しい感じですが、日本戸山流居合道正統会会員皆様には、どのように新しい歳を迎えられましたでしょうか。

 昨年、我々は無念にも、辻政雄先生・九段師範を失いました。
 先生のお姿を偲ぶにつけ、正統会への、常に変わらなぬ熱い思いを抱かれる、あの誠実で凛としたお姿が目に浮かびます。

 そんな哀しいことがあった反面、その悲しみを乗り越えるような画期的な取り組みが、当会教士先生方によってなされました。

 それは、教本を読み解き、技の原点を求めた試みです。
 何を拠り所として技の鍛錬に励むか、当会将来の礎となる重要な試みであったといえます。
 世の流行にややもすれば流されやすいところ、教士先生方全員、正統会の名の基となっている教本を改めて研究し直されました。

 原点教本の示すところは、間違いなく合理的です。
 合理的な作法は美しさを伴います。これは茶道のお手前などにも共通しています。
 
 世の中には易、不易があり、如何なる状況においても変わらない、又変わってはならない事柄があります。
 こんな不確定な年こそ、不易に思いを至らせたいと思います。
 周囲に惑わされることなく、自己研鑽に励み、仲間同士親睦を深め、当会をより一層楽しく、又会員各位が誇れる会にして行きたいと願っています。


 

初春に穏やかな発展を祈る <19-01-01号>
 

日本戸山流居合道正統会の皆様に初春のお慶びを申し上げます。
昨年十月二十二日の三安神社秋祭り の折は、会員多くのご参加を頂き、彌伽宜神霊剣奉納、参集会員全員の奉納演武、本部昇段試験、懇親会と盛大に、また、楽しく催す事が出来ました事、大変嬉しく、厚く御礼申し上げます。

本会は年毎に落ち着きさが増し、運営にも無理が無くなって来ていると感じています。
無理がない、会の運営だけではなく、個人の稽古にも言える事ですが、実はこれこそが大切な成果なのです。

さて、今年は干支で言えば亥、猪突猛進を感じる年ですが、生き方からすれば、むしろ反対にゆっくりと進みたいものです。
がむしゃらに進んで今の繁栄をもたらした団塊の世代が今年は定年です。
ご苦労様でしたと言いたいところですが、もしかすると繁栄の裏に、人を尊ぶ心を何処かに置き忘れてきてはいないか気になります。
と言うのも、毎日のように、普通では考えられないような事件が起きているように思います。

何かがおかしい、急ぎすぎた無理の代償でしょうか。
武道の稽古は繰り返し、繰り返し年月をかけて身につける。
身に付けばその行動には無理がない。
稽古はもっとも合理的な手順を学ぶわけですから、身につけた行動は無駄が無く、又美しい。

技の習得も然る事ながら、心を鍛えるにはさらなる年月が必要だと思います。
育つまで無理をせず、自分に出来る範囲で、繰り返し継続する事が大切です。
無理すると続かない、楽しくないと続かない。
人間は勝手なものです。

本会で学ぶ居合の稽古は、年齢を問わず、いつからでも始められ、生涯続けていける内容だと思います。
奥は深いが、無理はない。
広く参加を促し、楽しく仲良く、今年も稽古に励みましょう。
会員の皆様、平成十九年、今年も諸行事への参加を宜しくお願い致します。


今改革、改革に思う<17年秋涼9号>
 

彌伽宜神社の例大祭は七月十四日祭り日和の好天に恵まれ、華麗、厳粛の内に盛大に執り行われました。
山田師範の彌伽宜神社神霊剣奉納は木戸理事長、大槻理事の参加を頂き、氏子宮衆の太鼓奉納と並び、祭礼典儀の中に正式に組み込まれた正統会の存在を一層高めました。

さて、夏祭り、海水浴、お盆も過ぎ夏から秋へと順調に循環しそうに思われましたが、人間誰一人として明日は見えないのです。

今や国中、改革、改革の大合唱。
昔から夏は夏気、秋は金気で、木ー火ー土ー金ー水の五行の自然な循環にはこの期障害があります。
つまり夏と秋の間に士気を入れる必要が生じます。

民衆は二百十日も無事に過ぎますようにと祈り、知らず知らず土用のウナギを食べたりして士気を持ち込もうとしてきました。

そんな折り、お祈りにもかかわらず今年は、台風、地震に加え、選挙で改革を唱え刺客まで出て真剣で闘う。
何処の居合の流派かな。

冗談はさておき、今年こそは本物の土気が必要です。
土の本質は将に人なのです。
今誰もが閉塞感を感じているからこそ、主義主張に関わらず改革の必要性を唱える。
人は自らを改革したいと願っていますが、其れがいかに難しいかも知っています。

常に烈しく自らと挑戦したつもりでも実際にはごく少ししか変えられない、改革なんて生やさしいものではない。
改革の敵は自らの弱い心の有様にある。

リーダーは、改革に挑戦する人に常に勇気を与え続けなければ世の中は変えられない。

 

ゆとりある姿、災い転じて福と為す

初春のお喜びを申し上げます。
日本戸山流居合道正統会会員の皆様には、昨年の災害多き年を転じて明るい年をと、酉に念じて新春を迎えられた事と思います。

酉は金気ですから、今年は酉にあやかり、きっと豊かな年になるでしょう。
日本人にはプラス指向で、過去を上手に新ためる風習があります。
正月や節分はそんな時でしょうか。

さて、正統会も今年はいろいろの葛藤を乗り越えて新ため、羽ばたきましょう。
本部が神社である事、神社に集まる人は皆明るく素直である。
それを忘れない、此が正統会の強みです。

勝海舟の父、勝小吉はこんな事を言っています。
「気は長く、心は広く、欲薄く、勤めは堅く」
広い心を持ち気長にゆとりを持って、真面目に仕事をして贅沢をしない。

福の神は「楽しくなるのに元手はいらぬ」と教えます。
真面目に働いて周りの人と上手に付き合っていけば、金が無くても楽しくなる。
武士の魂である刀を抜き、神前に参るような清々しい、気持ちにさせてくれる居合道、それを縁に集う我が正統会は、間違いなく素晴らしい人間関係を築いていけます。

我が新春の願いは会員皆の思いであるはずです。
今年は各支部の毎月の稽古、7月14・15日例大祭時の彌伽宜神霊剣奉納、10月の本部昇段試験、奉納演武、又宝塚での理事会など、それぞれの行事をより充実したものとし、正統会の拡大を期します。

2005年元旦

 

 

◇◇◇◇◇ 身 近 な 者 を 見 直 そ う ◇◇◇◇◇
 

この夏は記録的な猛暑が続き、一雨欲しいと思ったら、大雨となる、激しい気性の気候です。
正統会の皆様にはご機嫌いかがですか?
早一ヶ月も過ぎましたが、夏の例大祭では、山田十段師範、木戸理事長、大槻舞鶴支部員による彌伽宜神霊剣が大祭式の中で、奉納されました。

奉納も早三度目となりますが、年ごとに神霊剣奉納が祭典に定着し、徐々に重きを成してきました。
今や彌伽宜神社の例大祭には日本戸山流居合道正統会師範による神霊剣の奉納は欠かせない、大切な位置付けになりました。

大祭での奉納は、時代とともに淘汰されていくもので、真価がなければ残りません。
従って正統会の繁栄を象徴する重要な行事でもあります。
末永く守り通したく思います。

因みに当日宮衆により奉納される猩々の一節を謡う太鼓ですが、過日古い締め太鼓を解体したところ胴の内側に「宝永五年奉納」と書かれていました。
何と三百年も前です。

ところで、正統会も満三歳になり、組織に軋みが来る頃です。
正統会は本部を神社に於いて立ち上がった組織ですから、組織運営、人間関係には神社、すなわち日本人が持つ良さを理解し、活かす事が大切だと思います。
人間関係では、人は生まれながら善性であると信じ、身近な人を見直したい。
宮は屋根の下に縁有って多くの人が集まっている状態です。
多くの人が集まるには、善性を信じ身近な人こそ大切に思う事です。

又、神社の御霊代は鏡です。鏡はかんがみるとも言い、神社の前で祈るのは、鏡に映る自分の中の神性に手を合わせる事です。
すなわち、自らが生まれながらに持つ神性を信じ、高める事に他ならないのです。
日本の武士道はここから生まれたのです。

さらに、天御影、別名天目一箇<あめのまひとつ>の御名は金工鍛冶の御祖、日本刀をも生む烈しい一途な精神を顕しています。
日本戸山流正統会に学ぶ会員全員の心の拠り所なのです。

 

☆☆☆☆☆  森を護る   祭蒸嘗 ☆☆☆☆☆

この夏は雨の少ない猛暑が続きましたが正統会の皆様にはいかがお過ごしでしたか?早い物で彌伽宜神社の夏の例大祭(七月十四日、十五日)から一ヶ月も過ぎ、お盆も終わってしまいました。夏の例大祭では、山田十段範士による彌伽宜神霊剣が大祭式の中で奉納され参列宮衆、奉賛会皆様から絶賛を浴びました。未だその感激から余韻が冷めません。

今回はその例祭について少しお話しをしたいと思います。

彌伽宜神社の夏祭りは、大森祭りと知られ京都府下では最も賑わいを見せる昔ながらの鎮守の森のお祭りです。今年で49代目となった大名行列と、百軒近くの参道沿いの夜店は有名です。

しかし当日大名行列も夜店も出ていない午前十時半から行われる例大祭式についてはあまり知られていません。この神事は氏子地区(森地区と行永地区)の宮衆が幟を立て、裃、羽織袴の正装で、365歩の長い参道を行列し参殿します。

特に拝殿で各宮衆の代表が昔ながらの太鼓の奉納を行います。この太鼓は謡曲、猩々(しょうじょう)の一節を謡いながらたたくもので、五月の末から練習を重ね7月1日、5日それぞれの宮衆講神事において練習者全員が奉納し、その祈り、例大祭式での奉納者が決定されます。今年はこの奉納行事に変化が起きました。

氏子の有志の方で能面の作家が居られ、その方が猩々の面を奉納されたのです。

面があると言う事は、その面を付けて舞う事が相応しく、舞踊家が創作で振りを付け当日披露されました。    さらに当正統会の先に述べた彌伽宜神霊剣奉納が加わったのです。

今は途絶えていますが昔の祭礼には、振り物、競馬、相撲などがあったようです。

なかでも振り物は人の魂を奮い起こす意味もあり、剣の御祖の祭礼には彌伽宜大神、四大五常、金生麗水、守真志満、祭祀蒸嘗を念じる彌伽宜神霊剣に勝る奉納は他にないのです。市街地の中心に希に残る、古木に囲まれたこの森に今年も又新たな魂が宿りました。

☆☆☆☆☆☆☆☆☆ 自らを律する ☆☆☆☆☆☆☆☆☆

正統会の皆様皆様には日々研鑽を積まれ、半年は半年なりに、新たな何かを得られて居られると思います。

日々努力の積み重ねが進歩に繋がり、向上を実感するとき、人は幸せを感じます。

私は武道の心得はありませんが、父の意志を継ぎ彌伽宜神社に仕え、森を護る事が自分の使命であると信じ、刀の変わりに箒を持ち毎日を努めています。

掃除をしながら境内の木々を見ていると、常に新しい発見に遭遇して驚きです。木々それぞれは人の生きざまさながらの姿です。

当人は木から気を貰って居るんだなあと、つくづく感じます。

成長の著しいこの季節は特にそう思います。

さて最近巷では、やりきれない気持ちになる事件が頻発しています。政界、官庁、企業自治体、家庭までも。しかし事件として露見しているのは氷山の一角とすれば、我々日本人は、何かをすっかりはき違えて、心を失うつつあるのでは。

原因は自由という言葉の持つ魔力です。

皆は金科玉条のごとく自由主義、民主主義と言いますが、阪大名誉教授 加地信行氏の言葉を借りれば、欧米で言う自由の意味は道理の事、民主は民本と言うべきと。

自らを律し、自ら立ち、自らの責任で行動する、それが真の自由ならば日本人には道理という方が適切。民主は民が主なれば総じての責任も民が取る事を意味するが、実際にはそんな意識はなく、優れた人に委ねたいのが実情。

つまり自由も、民主も、自らを律する人無くしては成り立たないのです。

礼に始まり礼に終わる、厳しく自らを律する事を教える武道の精神こそ、国民総じてが先人の尊い遺産として、これを取り戻し、今こそ日々実践する事が必要なときなのです。

正統会は、心の現状を憂い、居合道を通し自ら律する事を学ぶ、守真志満の人達の集まりなのです。

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父を偲ぶ   28-1-1

                    日本戸山流居合道正統会理事長:前田 武愛草 

 

 新年を迎え皆々様のご健勝とご多幸をお祈りします。
 父が平成二十七年六月末、享年九十一歳にて実り多い生涯を終えた。
 父は大正生まれで、戦前、入隊、戦後〜平和な今まで、まさに激動の時代を経験した。
 
 生きていくのが大変な当時の事を私たち家族によく話してくれた。裕福でなくても穏やかに暮らせる事がどれほど幸せなことか知っていたからだろう。

 仕事にひたむきで、私たちの暮らしを守ってくれた。そして、子供と過ごす時間を楽しみ、孫の健やかな成長を願い、いつも家族を最優先に考えてくれた。そんな父にはどれほど感謝してもしきれない。

 元気なころは卓球や釣り、晩年はペン習字、詩吟にも挑戦。何に対しても努力を惜しまない人だった。そんな姿に大切なことを沢山学んだ気がする。私も父のように前を向いて今を生きたいと思う。

 今年もお正月を迎え、小さな幸せを感じながら、老母、家族と共に御節をいただき、中でもエビが大好物だった父を偲んでいる。 
 例年、新春二日には厳かな気持ちで寒風の中、会員剣士と共に売布神社(めふ)での奉納居合に臨む。                               (瑞宝改め武愛草)

 

 

 

試し斬りの意義 27-1-1

日本戸山流居合道正統会理事長:前田 端宝

 

 宝塚支部では2年連続、市武道連盟演武大会に参加し、真剣による試し斬りを披露した。と言ってもこれは受け狙いの要素が強い。型の団体演武だけでは大勢の観客の盛り上がりは期待できそうにないので、居合道のアピールも兼ねての披露である。

 ということで年初にあたり「日本刀試し斬り」の今の時代における意義について考えてみた。京都の武道祭ではリンゴを何分に何個斬ったとか、畳表を何本まとめて斬った、何枚巻きを斬った、など大道芸的な試し斬りが行われ注目を浴びている。諸団体の中には、こういう斬り方こそ実戦的であるとか、あーきたらこう受けてこうせよ、といった仮想と理屈の試し斬りも見かける。

 斬ることこそが居合だという団体があれば、一切試し斬りはしないという団体もある。しかし今の社会において、そんな意義は重要なのだろうか。私見では疑問である。昔からハサミも使いようで切れないという言い回しがあるが、うまく斬る為には日本刀も使いよう、つまり刀法の基本をしっかり学び、間合、手の内、呼吸、刃筋を安定させることが必要だ。ある書物には居合の上達を試す為に行い、「間合を考へ、居合同様の手の内で、心、気、体を調へ、抜き付けた刀勢、刃筋、斬れ味を見る」と書いてある。

 物を斬ることばかり考へては力ばかり入るのである。今の時代における試し斬りの意義とは、仮想や理屈よりもその修練にて、居合特有の動作や呼吸により、各人が持つ最大限の身力と心力を引き出すことこそ重要であると理解した。

 英語の辞書で「試し斬り」を引くとtest out the Japanese swords(日本刀のテスト)やtry out(ためす)や、cut through(突っ切る)など、中には test of bravery and stamina(勇敢とスタミナのテスト)とあり、本来の趣旨/意義を説明するのは、実際に斬るのと同様、難しいようである。

 さて、当会は各支部に新会員が加入し、新しい年の更なる飛躍が楽しみである。

結びにあたり、会員剣士及びご家族のご健勝とご多幸をお祈りします。

 

武士道における和の心 26-1-1

日本戸山流居合道正統会理事長:前田 端宝

お正月はやはり、御節料理でちょっと一杯が楽しみだ。年末、和食が世界的に認められユネスコ世界無形文化遺産に登録されたことは素晴らしいニュースであった。
 
 人の命をあずかる料理、その中でも素材の和を尊び長く厳しい修行を要する和食は単なる料理というより「和食道」と言うジャンルで呼ぶべきだなと感じている。

日本人は武士道における和の心を持っておりそれを二度と忘れてはいけない。

西暦603年に聖徳太子が制定した、我が国最初の成文法である『17条の憲法』には、その第1条に「和を以って貴としとなす」とあり日本人には和を貴ぶ精神がその頃から根付いてきた。
 柳生新陰流の柳生宗矩は「敵をよせぬ心地」を流儀の根幹としている。
 山鹿素行は「泰平の世における武士の役割は文武両道を弁え、武士がまず世の中の模範となること」とした。
 
 『武士道』で知られる新渡戸稲造は、武士道とは武士が守るべき道徳的徳目の作法とし、格言となっている「負けるが勝ち」を示し、「武人の究極の理想は平和である」と書いている。       

 嘉納治五郎は「自他共栄」という言葉を残し、極真空手の大山倍達は「力なき正義は無能なり、正義なき力は暴力なり」と言い、また、少林寺拳法の宗道臣は「武道の本質は、修行鍛錬する事を通じて精神と肉体と健全なる自己を確立すると共に、社会的にも積極的に不正や悪と戦ってゆける勇気と行動力を持った人間をつくっていく『人づくり』の大道である」と残している。
 「武」の本義は争いを止め、平和を守る事と捉えている。
  「和を以って貴としと為す」「礼に始まり礼に終わる」など互いに尊重しあうのが日本の伝統、日本人の心の本質、武士の心なのである。このことを忘れないでおこう。

 
新年も宜しくお願いいたします。

 

復元された赤レンガ駅舎と武士道 25-1-1

日本戸山流居合道正統会:前田 端宝
 

  笑門来福
                         
 大正3年に創建された東京駅丸の内駅舎は、その堂々たる姿で、多くの人々に愛されてきたが敗戦直後空襲で炎上。その後、3階建ての駅舎を2階建て駅舎に復興したが、多くの要望に応え2007年4月から保存・復原工事が始まり、外観を創建時の姿に忠実に再現して、巨大地震にも耐えうる建築として、つい昨年10月に完成した。

 「辰野金吾」という建築家が大日本帝国の中央駅として皇居の正面を意識して設計したそうだ。調べてみると、他にも日本銀行本店、関西では奈良ホテル、浜寺公園駅、大阪中央公会堂など著名な作品を沢山残している日本近代建築界のリーダーとのこと。

 何より興味を引いたのが「努力、努力の人で、漢詩や俳句をたしなみ、日本刀を愛していた。」という点である。別の説明では日本の武士、建築家とあり、彼が息を引き取るとき「病床に半身を起こし、両手を上げて万歳を叫んだという。」

 最近、居合道の色々な流派の宗家、師範と呼ばれる先生方の演武をよく見ている。実はユーチューブというインターネットサービスでの動画画像である。多分撮影時にはすでに70歳を超えている先生方も多いようだ。白黒画面の中に見る先生方の演武の姿、熟練の技には何とも言えない武士と呼べる貫禄があふれ思わず見いってしまう。

 年頭に当たり、「努力、努力で一歩でも近づきたいな」「武士と呼ばれるような、いや少しでも近づけるような歳の取り方・生き方をめざしたいな!」と思った次第である。
 新年が明るく希望一杯の年になりますように。

 

 

新春を寿ぎ会員剣士各位のご繁栄をお祈り申し上げます。24-1-1

日本戸山流居合道正統会:前田 端宝
 

 

 皆様には清々しく新春をお迎えのことと心からお慶び申し上げます。 
 昨年は史上まれにみる災害の年でした。
 徐々にでも復興の声が聞かれることを祈ります。
 昨年スポーツ界では輝かしい活躍があり国中が沸いた。
 代表はWカップでのなでしこジャパンの快挙である。
 ゴールの瞬間には思わず大声を出してしまうほど興奮した。

 さて、そういった場面での有名人の受け答えで感じたことを述べてみたい。

 最近優勝インタビューなどで選手が『私の周りの人に感謝します。』と口にするのをよく聞くようになった。
 感謝の気持ちを多く持つことは周りの人の協力を得ることにつながりやすい。
 日頃から自分一人で実現できることは少なく、周りのサポートは有り難いと思っている人には協力してあげたいと思うものである。

 言わば自分の周りの人たちを十分に理解し、自分の力と周りの力の分析が出来ているということである。
 高校生でも立派に感謝の言葉を述べているのを見て頼もしくそして爽やかさを感じている。
 日頃の生活でも家庭でもタイミングよく感謝の言葉を述べてみようと思う。
 一方で、スポーツ選手や芸能人がよく「被災地に元気を与えたい!」と言うのを聞くと、レッドカードを出したくなる。

 「猫に餌を与える、子供に小遣いを与える。」といった風に聞こえるからだ。
 つまり何を勘違いしているのか自分の方が上で?上から目線でモノを言っている気配が感じられ貴方何様?と思うのは私だけだろうか。単に頭の悪いお馬鹿が増えているのも理由かも知れないが。

 勿論、中には「皆様に元気を感じて頂けるように。」とか「元気になって頂きたくて。」とか、言葉を選んで話す若者には好感を持ち心の感謝状を出したくなる。

 昨年度は「絆」という言葉が再認識された年であった。自意識過剰を感謝の気持ちに変えれば周りの「絆」も一層高まるのではないだろうか。

 

 

★★謹 賀 新 春  年頭雑感「遅駆けのすすめ」 二十三年一月

 

 『 少にして学べば、即ち壮にして為すこと有り

壮にして学べば、即ち老いて衰えず

老いて学べば、即ち死して朽ちず 』 

 一度は聞いたことのある言葉、江戸時代の儒学者・佐藤一斉の言葉です。
 私たち正統会の会員各位の顔ぶれを拝見すると熟年諸兄が多いのが特徴です。

 居合というと、どちらかといえば地味で忍耐力のいる武道であると思われがちなのでしょうか。
 若者には人気が今一なのはそんな理由なのかもしれません。
 当会員の年齢ですが最高齢は
81才で、私も含め60歳を超える方が多いですね。

 さらに会員の武道歴ですが、木戸先生や大槻先生のように居合道一筋の先生はむしろ珍しく、居合道以外の武道経験者が多く見られるようです。

 例えば私は剣道の有段者で高橋支部長、花城先生も同様です。
 他に岡田さんは太極拳、多賀さん、藤原さんは合気道、武村さんは空手の有段者です。

 武道以外のスポーツ出身の方も見えます。高橋広報部長は卓球、清水さんは米フットボールのご出身です。
 共通することは、居合道に取り組まれたのはある程度の年齢に達してから、つまり遅駆けのスタートだったのですが、現在は居合を大変熱心に取り組まれている点です。

 つまり正統会は色んな事を体験されたつわもの達の集まりと言っても過言ではないでしょう。
 それゆえ高齢であってもまたスタートは遅くてもこれからの人生を居合という目標であり友でありを見つけた以上一段一段この道を極めていただきたいと思います。

 しかし、つわものであるがゆえに取り組み方も色々人それぞれでありますが、例えば徹底的に技を極めたい方、健康管理としてマイペースで稽古に通っている方、趣味程度に、あるいは友達作りとして通っている方、等等どれも否定するものではありません。

 それぞれの目標にあわせて精進していただけたら良いと思います。基本は各人の人格、経験・経歴、人間性を尊敬の念をもって暖かく受け入れるべきであろうと考えます。

 居合道は、技の習熟度は勿論ですが、立ち居振る舞い、気合、落ち着き、貫禄、体型、人相、人柄などの要素が絡み合い相乗効果が生まれ、それらが全体的に評価されますので、遅駆けであっても十分成果の期待できる武道です。
 

 歴史上の話ですが、皆さんよくご存知の京都の禅僧というより天才画家として有名な「雪舟」は遅駆けの代表でしょう。

 雪舟は実は若いときからの天才画家ではなく
50歳近くになって水墨画の画家として世に出ました。(寺の小僧のときに「柱に縄でくくられ床に落とした涙でしかも足の指でネズミを描きそのネズミが生きたネズミに見えた」という話は有名ですが、これは後々の作り話だそうです。)

 雪舟は
86歳まで長生きし大作・力作を沢山描きました。
 
66歳で「山水長巻」、京都の「天橋立絵図」は有名ですが何と82
歳の作品だそうです。

 ちなみに江戸時代の歴代将軍15代の平均存命期間は51歳。
 武将では武田信玄は
52歳、上杉謙信は48歳、織田信長は48歳、豊臣秀吉は62
歳と長生きのほうですが、雪舟はそれより前の室町後半に当時の人々の寿命に近い歳に世に出て以来、息長くゆったりと流れる大河のようにまさに水墨画の世界のように生きたのです。

 雪舟は諸国を歩き様々な自然、風景、人々に接することで精神に刺激を受けたことが良い健康法・長生きのポイントであったのではないでしょうか。
 
 当会の高齢会員の皆さんの情熱、執念、バイタリティーを見ていて共通していると感じ見習いたいと思いました。

 
『40、50は鼻たれ小僧、男盛りは7、80!』(大倉喜八郎)

 

 

新年のご挨拶 二十二年一月元旦

 

 謹んで新春のご祝詞を申し上げ、会員剣士の皆様方のご健勝、ご多幸をお祈りします。

 未曽有の経済不況、新型インフルエンザの流行、振り込め詐欺、各地で起こる奇怪な事件など、昨年度は良い年であったと言える人は少ないでしょう。
 コツコツ努力している人たちが報われず改革とか言う名前ばかりの制度と、国民には負担をと言いながらいたるところで無駄使いのオンパレード、国民ばかりが振り回された結果、こんな世知辛い世の中になって情けないと言わざるを得ません。

 政権交代が吉と出るか凶と出るか否かは不明ですが高齢者や弱者が安心して過ごせる昔のような日本が復活することを願ってやみません。
 つい最近まで日本はお年寄りが安心して暮らせる国に、とか世界一の長寿な国作りとか言ってたはずなのに不思議なことだ。

 最初からボヤキが出てしまいましたが、私事で恐縮ながら、昨年末をもって東京単身赴任を解消し宝塚に帰ってきました。
 早い話。
 学校卒業以来37年間勤務した会社を退職しサラリーマン生活を卒業したのです。
 必ずしも平坦な道のりではなかったのですが、沢山の先輩、後輩に支えられ無事卒業、社長から感謝状まで頂けたことは感慨深いものであります。

 残念なことは元上司であった方がすでに二名もお亡くなり私の無事な卒業を報告できないことです。
 会社ではいろんな人と出会い仕事を通じて辛いこと嬉しかったことも共有し、それらの思いでは私の人生の何よりの宝物であると感じている。
 本会の皆様方は、趣味を同じくする仲間、私の第二の人生のこれから一生を通じての大切な友人達であると考えます。
 

私のこれまでの生き方

 

 職場の仲間と、尊敬し合い、
 信じあい、
 仕事を愛し、会社を愛し、
 人生を大いに楽しむ!

 今年からは「職場の仲間」を「道場の仲間」に、「仕事」を「居合道」に置き換えて人生を大いに楽しもうと思う。
 どうか今後とも宜しくお願いします。

 さて、昨年末には中学校、高校の還暦同窓会、工場のOB会、 勤務先の合併前の会社の同窓会などこれまで無かった種類の案内が届き、日程のあった会合には顔を出した。
 なかでも工場のOB会で大先輩の工場長から居合の演武を依頼され、(実は稽古不足だったのだが)基礎居合と本居合を披露した。

 まだまだ居合は身近な武道とは言えず逆に物珍しさもあり拍手喝采であった。
 皆様も機会があれば本会の広報活動の一環と考えいろんな機会にご披露されたら如何でしょうか。
 

∞∞∞∞範士・九段 「辻 政雄先生」を偲んで 21-01-01∞∞∞∞
 

日本戸山流居合道正統会理事長:前田 康博

 

 昨年の秋、私たちにとってとても悲しい知らせがありました。
 それは、かねてより病気療養中だった、辻 政雄先生がお亡くなりになられたという訃報です。

 辻先生は、ご高齢に反してお年には見えない若々しい容姿、気力、元気で強いお声、行動力をお持ちでした。皆さんよくご存じのようにお人柄は誰からも好かれ慕われておられました。

 療養されるまでは雨の日も風の日も猛暑の中も毎週稽古に参加されていました。
 先生のお通夜、ご葬儀には各界から沢山の方々に参列して頂きました。
 先生は当協会の役以外にも多くの市関係のお役をうけられボランティアとしてご活躍されました。

 先生は宝塚市の武道館が完成する前からご友人・同士の皆様と中山寺の境内で居合を始められ、その後居合道協会を設立されてから宝塚市体育協会に登録、また宝塚市武道連盟にも参加されました。
 正に宝塚支部の礎を築かれた大先生と呼ぶにふさわしい偉大な方でした。

  正統会の前に所属していた日本戸山流兵庫県連盟では副会長、宝塚武道連盟、また日本戸山流居合道正統会本部でも副会長を務められました。
  昨年の昇段審査会の席上、木戸理事長が辻先生を偲び鎮魂の居合を披露されましたが、きっとお喜びになられ笑顔で見ておられたんではないでしょうか。

 先生は常日頃から「居合を通じて日本を明るくしたい!」と話されていました。
 特に若い人が居合をすることにとても期待されていました。
 それは今の若者は身体も大きくなり体力はあるが大切な気力と礼にかけるので、居合を通じてそれらを身につけた若者が増えれば日本の国の活力が増し明るい社会が出来るのだと。

 幸い宝塚では若い剣士が育ち将来がとても楽しみです。
 辻先生のご意志を継ぎ、日本の国を明るくする為にも、みんなでこの会を盛り上げて行きたいものです。

 

豆 知 識 19-01-01
 

日本の刀
日本刀はその姿や刀紋の変化、地鉄の鍛えなどに独特の美しさがあり特に芸術性は世界的に高い評価を得ています。

刀の時代
古刀:
平安から室町、慶長(一五九六年〜一六一五年)以前に制作された刀剣です。
新刀:よく現代刀と勘違いされますが、新刀は桃山から江戸時代、慶長以降に制作された刀剣を古刀に対して新刀と呼びます。
この時代は江戸、京、大坂や有力大名の城下町に刀鍛冶が集中しました。
新新刀:幕末、新刀の中で幕末期に制作された刀剣を言います。

刀の種類
刀:
刀身の長さが 二尺以上の刀剣で室町時代に造られたものを刀と呼びます。
刃を上にして腰に指します。
それ以前のもので刃をしたにして指す太刀とは区別します。
刀は太刀より一般に反りが低いです。
脇差:刀身の 長さが一尺以上二尺以下の刀剣を脇差と言います。
江戸時代の大刀、小刀は刀と脇差を指します。
時代劇でおなじみの光景です。
尚、一尺以下の刀剣を短刀と呼び、腰刀、合口等とも言います。

 

宝塚居合道協会発足20周年を迎えて

 

日本戸山流居合道正統会理事長:前田 康博

 

宝塚支部は宝塚市居合道協会を束ねており、支部長の辻政雄範士・九段は宝塚市体育協会の理事、宝塚市武道連盟の副会長の要職にも就いています。

宝塚市居合道協会は1985年4月に正式に発足し宝塚市体育協会に加盟しました。
従って本年で20周年を迎える事になります。
それまでは、居合愛好家の有志数名が集まり中山寺境内で主に朝稽古として行っていました。

1987年の宝塚武道館の完成を期に稽古場所を宝塚市武道連盟にも稽古場所を宝塚市武道館に移しております。
阪神大震災後しばらく武道館が使用出来なかった時期もありました。
このような先達の残された歴史の中で、今年発足20周年を迎える事は誇りであり支えて下さっている会員剣士の皆様にも心より感謝の気持ちを表したいと思います。

宝塚支部は年間を通して宝塚市体育協会、宝塚市武道連盟の諸行事にも積極的に参加しております。
毎年開催される武道学校・居合道教室には居合に興味を持たれた他の武道経験者、過去武道に全く縁の無かった方々も参加され武道学校修了後は新しく会員になられ居合を続けられるケースが多く見られます。

参加者は年齢も小学生から70歳を超えられた方も含め多種多様であります。
事務局としては正統会において中心的な役割を果たしている宝塚支部の結束を一層図り、今後も会長のご指導のもと各支部と連携を密にし正統会の発展のため努力していきたく存じますので、会員剣士皆様の益々のご協力ご支援をお願い申し上げます。

 

 

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正統会基礎居合[解 説]

平成20年5月25日正統会改定

 正統会はこの基礎の形と技は、戸山流の基本的な根元をなしているとし、これに残心、血振るい取り入れて居合らしくし、正統会独自の「基礎居合」として、初心より練達にいたるも深く研鑽している居合である。
 

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一本目=前の敵

 、左手は鯉口を握って稍外に傾けて左足を一足長踏み出しながら右手は柄を握り、両膝を前に少し曲げ、腰を稍落として居合腰となって、右足を一歩踏み込むと同時に刀を水平に刃を外に、切っ先三寸を鞘に残して前に抜く。

 二、右足を前に踏み出すと同時に、鯉口を外に一杯捻り、刀刃を敵の右前臂及び体を下方より右前上に、逆袈裟斬り上げる。右拳は頭の高さとし、刀刃は右上方向四十五度、水平に保つ。

 三、体位はそのままに、刀を正眼(中段)に構えて残心。刀を横血振るいして納刀、左足を右足にそろえ、柄頭を臍前に整え、右手左手と順に下ろして、次の業に移る。 

 注=イ、動作に入る前の目付は目の高さとし、残心の時の目付は、剣尖の二メートル先   を見越す。

   ロ、前方の敵が刀柄に右手を掛け抜刀せんとしたので、その前臂及び体を下方より斬り上げる想定。(逆袈裟)

   ハ、抜き付けの際、踏み出した足に体重を掛け、後ろ足は真っ直ぐに伸ばす。


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二本目=右の敵

 一、一本目の要領にて両膝を前に曲げ腰を落として居合腰となって、左足を左前に足先を内にして一歩踏み出し、刀を抜きかけつつ右足を足先をやや内にして一足長踏み出しながら体を右に腰を捻って敵対すると同時に、敵の胸部を横一文字に抜き付ける。右拳は肩と水平に、剣尖は稍さげる。

 二、刀を正眼に構えて残心。刀を横血振るいして納刀。以下同然。

 注=イ、右方向から急速に迫り来る敵が抜刀せんとして右手を刀柄に掛けたるその上膊部を、胸部諸共に斬りたる想定。

   ロ、一文字に抜き付けたる際、左腰及び左肩を固定して胸を十分に張り、同時に出した右足尖を稍内にし、腰の捻りと刀の抜き付けの威力を助成する。

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三本目=左の敵
 
  一、右足を足先を内にして右前に一歩踏み出しつつ床と平行に刀を抜きかけ、腰の捻りで抜くと同時に敵に正対する。
 
 二、体位はそのままに腰を押し出すようにして、刀刃を右に向けて敵の胸部を刺突する。
 (刺突する際同方向に僅かに踏み出す)

三、右腰構えまて゛刺突した刀を抜く。

  四、左足後ろに退きながら刀を正眼に構えて残心。刀を横血振るいして納刀。以下同然。

 注=イ、不意に抜刀せんとして迫り来る、敵の胸部を刺突すると想定。

   ロ、刀を右手主導に抜くことなく、腰を捻って抜き刀を右腰に密着させる。

   ハ、刺突する時、右拳の高さは肩の高さとし、刀柄を右手籠手下に密着させ、剣先が上がらないようにする。


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四本目=後の敵 

一、一本目の要領にて居合腰となり、左足尖を内にして半歩右足前に出し乍ら両足先で右回りして刀を抜き、敵対すると同時に右足を僅かに踏み込んで敵の右上膊部及び胸部もろとも、右斜め下に斬り払う。後方より迫り来て上段に振りかぶった敵の右上膊部を胸部諸共に斬るとの想定。

 二、刀を正眼に構えて残心。刀を横血振るいして納刀。以下同然。

 注=イ、刀刃を外にして刀柄を胸の高さまで刀を徐々に抜き、出した右足先は鞘内に、腰を右に捻って袈裟に斬り下ろす。

   ロ、抜き打ちに(ごぼう抜き)になりやすいので、刀を切っ先三寸鞘内にして、刀を抜くと同時に鯉口を後ろに強く引く。(鯉口は帯に添って引く事涵養なり。)

   ハ、刀を思いっきり切り下げたのであるから、そのように剣先は下がる。


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五本目=直前の敵

 一、両手を刀に掛け、両膝を前に稍曲げて居合腰となり、刀を頭上に抜き上げて諸手上段となり、右足を一歩踏み込んで、敵の真っ向に斬り下ろす。

 二、刀を正眼に構えて残心。刀を横血振るいして納刀。以下同然。

 注=イ、直前に敵が、刀に両手を掛けて仕掛けんとしたので、間髪入れず抜き打つの想定。

   ロ、刀を顔の左側よりに、敵刀受け流す心持ちで抜き上げる。この動作の際に体を、微動させないようにする。

   ハ、刀を抜き上げる時、刀刃を鞘外にして抜き上げないと、顔を損傷する危険があるので注意して動作する。


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六本目=左袈裟

 一、一本目に順じて居合腰となり右足を一足長足先を内にして前に踏み出し、体を左回りしながら刀を徐々に抜き上げ、敵対すると同時に、刀を諸手上段にとり左足を一歩踏み込んで敵の左袈裟(敵右肩)を体外側まで斬る。

 二、左足を後方に退きながら、刀を正眼に構えて残心、刀を横血振るいして納刀。以下同然。

 注=イ、敵が刀を抜き上げて仕掛けんとしたので、間髪入れず左袈裟に斬る。

   ロ、敵の左袈裟を斬る時、諸手上段より、腰を右に捻って斬り下ろす。

   ハ、斬り下ろした剣尖の高さは稍正眼の高さとし、出した左足に体重を掛け押すようにし、残る右足は延ばして斬り下ろしの効果を高める。
 

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七本目=右袈裟

 一、一本目に順じて居合腰となり、左足を一足長足先を内にして前に踏み出し、体を右回りしながら刀を徐々に抜き、敵対すると同時に、刀を諸手上段にとり右足先を一歩踏み込んで敵の右袈裟(敵左肩)に斬る。

 二、刀を正眼に構えて残心、刀を横血振るいして納刀。以下同然。

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八本目=後受流

 一、一本目に順じて居合腰となり、左足を一足長踏み出しその前に右足先を内にして一歩踏み出す共に左後方に向きつつ抜刀し、刀を右片手にて頭の前上方に翳して敵刀を左に受け流す。

 二、敵の刀を受け流すや、直ちに右足を左足の右方に踏み開きつつ刀を諸手上段にとり、左足を右足の後方に引きつつ敵を右より斜めに斬る。(右袈裟の如く)

 三、刀を正眼に構えて残心、刀を横血振るいして納刀。以下同然。

 注=イ、後方より不意に斬りかかってきたので、敵の刀を受け流して斬る想定。

    ロ、敵刀を受け流す時は、刀の棟でなくシノギで受け流す。

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戸山流納刀要領

 左手を似てその拇指と食指との間に鯉口を握り込む如く、鞘を上方よりこれを僅かに(約四十五度)外方に傾けて保持したる後、刀を持ちたる右腎を自然に曲げて、刀背を左手拇指と食指との握合部及び同付け根部に当て、これに添って刀背を滑らし、刀尖が鯉口に至る如く、右手を前方に出すと共に、腰を左に捻りて動作を容易ならしめ似て刃部を鞘に擦らざる如く徐ろに納む。

陸軍戸山学校剣術科=剣術教範詳解より転記

 

 

正統会本居合詳解説【正統会教養】

陸軍戸山学校・剣術科編纂

 正統会はこの形と技は、戸山流の基本的な根元をなしているとし、これに残心、血振るい取り入れて居合らしくし、正統会独自の「 本居合」として、深く研鑽している居合である。
 

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一本目=前の敵
 

意義 

 前方の敵が柄(つか)に手を掛け抜刀しかけるのに対し、まずその前肘及び身体を下方より斬り、続いて敵の後退するのを、追い込み正面を斬る。

動作及び説明

 一 前方の敵に対し、抜刀準備をしつつ左足より一足長前進し、二歩目の右足を足先を正面にして、一歩踏み出すと同時に抜刀し敵の右前肘及び身体を下方より右前上方に斬り上げる。

 二 後退する敵を、刀を頭上に両手で振り被りつつ左足より二歩追い込んでその正面を斬る (斬り下ろしは膝の高さまで、以下々)
(同時に「えいっ」と発声する)

 三 右足を基準としておもむろに構え備え(中段)の姿勢を取りつつ残心。
    刀を横血振るいして納刀(残心とは、じ後の変に応ずる心構えを言う)

 四 左足を右足に揃え、柄を握ったままに左足より五歩後退、又は元の位置に帰り、
右手左手と下に降ろし構えを解き次の業に移る。

  以下同前。
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二本目=右の敵
 

意義 

 行進中右方より不意に迫り来る敵に対し、まず水平にこれを斬り、続いて敵の後退するのを、追い込み正面を斬る。

動作及び説明

 一 左足より前進して、四歩目の右足を出すと共に右方の敵に対し、抜刀準備をし、五歩目の左足を左前に、足先を内にして一歩踏み開きつつ抜刀し、刀刃を乳の高さに水平に横に斬りつける(敵が抜刀しかけて右手を柄に掛けたその上膊部を、胸部諸共に斬るもの)
此の際身体は斬り開きつつ左腰及び左肩を固定して胸を充分に張り、同時に右足先を内にして、右方に僅かに(約一足長)踏み出す。

 二 後退する敵を左足より二歩追い込んで、正面を斬る。

 三 刀を構え備えして(中段)残心。横血振るいして納刀。

  以下同前
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三本目=左の敵
 

意義 

 行進中左方より不意に迫り来る敵に対し、まずその胸部を刺突し、続いて敵が抜刀しつつ   我方によろめき来るのを、右に体を転じて斜に斬る(袈裟斬)

動作及び説明

 一 左足より前進して、三歩目の左足を出すと共に、左方の敵に対し、抜刀準備をし、四歩目の右足を右前に、足先を内にして一歩踏み開きつつ抜刀し、直ちに敵の胸部を刺突する(敵抜刀の中途のところを刺突するもの)この際身体は刺突しつつ左正面に向け同時に左足先を同方向に向けて僅かに(約一足長)踏み出す。

 二 刺突するや直ちに刀を引き抜き腰構えとなり、我方によろめき来る敵に対し右足を左足の右方に踏み開きつつ 刀を前に出して敵の斬り降ろす刀を左へ受け流し、左斜後方に正体して、両手にて刀を頭上に振り被り、 左足を右足の後方へ引くと共に、この敵を右より斜に斬る(袈裟斬)その角度は三十度から四十度を適度とする。

 三 刀を構え備えして残心。 刀を横血振るいして納刀。   

  以下同前
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四本目=後の敵
(剣術教範詳解と違う点有り)
 

意義 

行進中後方より不意に迫り来る敵に対し、まずこれを抜打ち斜に斬り、続いてその敵が後退するのを追い込んで正面を斬る

動作及び説明

 一 左足より前進して、四歩目の右足を出すと共に、後方の敵に対し抜刀準備をし、五歩目の左足を右足の前に足先を内にして一歩出し、両足先にて右旋回して身体を後方に向けつつ抜刀し、(後方に向きつつ左上方より抜く)左上方より右下方に向かい斜めに大円弧を描くよう斬り降ろす(敵が我を斬らんとして刀を振り被る敵の右上膊部を胸部諸共斬るもの)この際身体は斬り降ろしつつ後方正面に向け同時に右足先を同方向に向けて僅かに踏み出す。

 二 後退する敵を左足より二歩追い込んで、正面を斬る。

 三 刀を構え備えして(中段)残心。横血振るいして納刀。

  以下同前
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五本目=直前の敵
注:此の五本目の形は、大正十四年十月編纂の形で、昭和十四年以降の改編は突撃と改組している

意義 

直前の敵に対しその場において抜打ちし、続いて敵が後退するのを追い込み刺突する動作なり。

動作及び説明

 一 その場にて抜刀し、刀を頭上に振り被り、次に右足を一歩踏み出して正面を斬る。

 二 左足より二歩前進して刺突する。

 三 左足を一歩前に出し刀を上段に構え残心を示す。

 四 左足を元の位置にもどし刀を中段に構え、残心継続する。

 五 刀を横血振るいし納刀。

  以下同前
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六本目=前後の敵
 

意義 

 前方の敵に対し肉薄中、後方より不意に斬り掛かる敵の刀を受流してこれを斜めに斬り、
 直ちに前方の敵に対しその正面を斬る。

動作及び説明

 一 前方の敵に対し抜刀準備しつつ左足よりやや速度を速めて前進中後方の敵不意に斬り掛かるのに対し、右足(四歩目)を左足の前に足先を内にして一歩踏み出すと共に身体を左後方に向けつつ抜刀し、刀を右片手にて頭の前上方にかざして後方より真っ直ぐに斬り降ろす敵の刀を左方に受流す。

 二 敵の刀を受流し、直ちに右足を左足の右方に踏み開き、斜左後方に正対しつつ刀を両手にて頭上に振り被り、敵を右より斜に斬る。

 三 両足先にて左旋回して前方に正対しつつ刀を頭上に振り被り直ちに正面を斬る。

 四 右足を前に出し中段の構え備えして残心。刀を横血振るいして納刀。

以下同前。

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七本目=左右の敵
 

意義

左右より迫り来る敵に対し、先ず右の敵を抜打ち斜に斬り、続いて左の敵を両手にて斜に斬りたる後更に追い込んで刺突す。

動作及び説明

 一 左右の敵に対し、頭を正面にしたるまま抜刀準備をしたる後、先ず右敵に対し注 目し、  
   左足を右足の右方に足尖を外にして約半歩踏み出しつつ抜刀し、更に右足を一歩其の

     右に足尖を内に向けて踏み出すと同時に、該敵を左より斜に斬る。

 二
     刀の余勢を利用して両手にて頭上に振り被りつつ両足尖にて左旋回し、左正面に正対し  

     右足を該方向に一歩踏み出すと同時に、左の敵を右より斜に斬る(敵我を斬らんとして

     刀を上段に振り被れる其の左上膊部を胸部諸共斬るものと設想し) 

注意:

 一、二の動作は連続し且努めて迅速なるを要す。

 三 後退する敵を、左足より二歩追い込みて(一歩目に刺突の構えをなす)
  其の胸部を刺突す。

 四 僅かに後退しつつ刀を引き抜いて続いて左上段(左足を前に出す)に構えて残心を示す。

 五 左足を後方に退き乍刀を中段に構えて残心継続。刀を横血振るいして納刀。 

以下同前

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八本目=突撃

意義

   前方の敵に対し突入し、逐次之を斜に斬り斃し、最後に闘争する敵を追及しつつ其の頭部を斬る。

動作及び説明

 一 数歩前進し、左足を踏み出しつつ左手を刀柄に添えて握り、右足を出すと共に正面の第一敵を右より斜に斬る。

 二 拳を外方より廻して刀を左肩の上に振り被り、左足を右足の前に、足尖を僅かに内にして一歩踏み出しつつ右前の第二敵を左より斜に斬る。

 三 刀を其の余勢を利用して右肩の上に振り被り、右足を左足の前に足尖を僅かに内に
して一歩踏み出すと同時に左前の第三敵を右より斜に斬る。

 四 更に刀を其の余勢を利用して頭上に振り被りつつ身体を正面に向け逃走する第四敵に対し、左足を前に出し直ちに其の足にて踏み切り、基本動作面の斬撃の要領にて真っ直ぐに斬る。

 五 刀を中段に構えて残心、横血振るいして納刀。

以下同前。

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戸山流納刀要領

左手を似てその拇指と食指との間に鯉口を握り込む如く、鞘を上方よりこれを僅かに

(約四十五度)外方に傾けて保持したる後、刀を持ちたる右腎を自然に曲げて、刀背を左手拇

指と食指との握合部及び同付け根部に当て、これに添って刀背を滑らし、刀尖が鯉口に至る如

く、右手を前方に出すと共に、腰を左に捻りて動作を容易ならしめ、似て刃部を鞘に擦らざる

如く徐ろに納む。陸軍戸山学校剣術科=剣術教範詳解より転写

 

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初春に思う 28-1-1

日本戸山流居合道正統会副会長 木戸 正彦

 

 皆様にはお健やかに新春をお迎えのことと心よりお慶び申し上げます。
人口知能の研究開発が世界で加速している。自動車の自動運転、産業用ロボット、介護ロボット、病気の自動診断、家事補助用ロボット等々、応用は無限にある。
 その基本はチップといわれる集積回路が倍々に集積度が多くなり高性能化していることにある。

 三十年後には人類全体の知能を上回ると予測されている。その時点ではコンピュータに支配されることになるかもしれないし、そうでなくても大変革に遭うことになる。
 SF的と思われる反面、当面の間、人口知能は社会の利便性の為、産業の生産向上、次世代中心技術と期待されており人口減少が進んでも克服できると思われこのままで事態が進むのではなかろうか。

 人口知能は自身の経験を基に学習しプログラムを書き換え成長する機能を持っているため決してSFの世界と侮れないのである。
 人類にとってバラ色の将来が来るのか否かにかかわらず、「ロボットの居合の先生」はご免である。
 当会の益々の発展と皆様のご健勝ご多幸を祈願し新年のご挨拶とします。

 

喜  寿 27-1-1

日本戸山流居合道正統会副会長 木戸 正彦

 

昨年晩秋の頃、小生も目出度く喜寿を迎えることができました。

 喜んで良いのやら何とも複雑な心境です。写真や鏡で自分の姿を見ると本当に自分の姿なのかと思うぐらいに姿が年齢に現れており気持ちの若さと姿が釣り合っていないのが残念です。気は若いが身体がついてこない現状にただただ驚くばかりである。

 皆様と居合を通じて長いお付き合いとなりましたが、あの時こうしていなければ今日が無かったと思うと生きている事は奇跡の連続と思うほかないようです。未だに一体何しに生まれてきたのか答えは出ていないと思う毎日です。

 今後も奇跡を信じ(生きていること)残された命を、出会いを大事にと思っております。

 本年も宜しく、また楽しく居合をやりましょう。

皆様のご多幸と会の発展を願い新年の挨拶とします。   (摂津の国の浪人)


 

 柳生の里 26-1-1

日本戸山流居合道正統会副会長 木戸 正彦

皆様にはお健やかに新年をお迎えのこととお慶び申し上げます。
 昨年の春、奈良の友人の誘いで大和柳生の会があるとのことで、柳生の里に行く機会を得た。
 奈良から月ヶ瀬街道の満開の桜並木を通り剣豪の村、柳生の里に入る。日本の何処にでもある小さな山里の風景の中に何か凛としたものを感じた。

 柳生一門の菩提寺で寛永15年に柳生宗矩が、父、石舟斎を弔うために建立した神護山芳徳寺は室町時代の城跡に建ち、宗矩坐像、沢庵和尚坐像、十兵衛の兵法書等、柳生にまつわる沢山の資料が所蔵されている。
 
 また累代の墓所もある。近くに古いが立派な大きな道場があり合宿も可とのことである。柳生の里に在るが不思議と、里と大きな道場の釣り合いが取れている。

戦国の世、この隠れ里で剣豪が次々と生まれ新陰流を天下一にまで育てたものとは何であったのか。
 正統会の益々の発展と皆様のご健康、ご多幸を祈願し新年のご挨拶とさせていただきます。

 

 新年のご挨拶 25-1-1

日本戸山流居合道正統会副会長 木戸 正彦

 皆様にはお健やかに新年をお迎えのこととお慶び申し上げます。
 久しぶりに友人と紀州串本までドライブと決め込んだ。和歌山に入るとミカン畑が山一面に広がり鈴なりの実をつけていた。太平洋を右に見ながら、天気も良く、車も少なく、久しぶりの解放感に浸った。
 色々よもやま話をしているうちに武道の話へと進んだ。

 「武士道というは死ぬことと見つけたり!」という葉隠の一文はよく知られているところである。
 忠義、名誉、勇気、礼儀、仁、誠、に生きた武士たちの生き様は現代も我々の心の中に受け継がれている。      その証として大震災の時の国民性に見ることが出来た。

 まだまだ日本も捨てたものではない。世界から賞賛を受けたことを忘れずに居合を通じて、武道を通じて武士の生きざまに少しでも近づくような取り組みも考えたいものである。

  話はまだまだ尽きなかったが、葉隠の一文は「常に死ぬ覚悟をしていれば何事も全うできる、要は武士が恥をかかずに人生を全うするための心構えを述べたもの。」と言うことで会話終了となった。2泊3日の楽しい温泉旅行の初日の一時の会話であった。

 

 皆様にはお健やかに
新年をお迎えのことと心よりお慶び申し上げます。
 
平成24年1月1日

日本戸山流居合道正統会副会長 木戸 正彦

 

 今から
20年ぐらい前の事になりますが、高知県のとある海辺の山里で「土佐姫ユリ」という土佐の固有種である小型のユリを栽培している人に出会った。
 
 その人は『私の子供の頃はこの辺りの山は一面にユリの花が咲いていたのですが今は見ての通り一本もありません。3年前にたまたま竹の子とりに山に入った時、偶然一株を発見し山の持ち主に理由を話してその一株を譲り受け現在どうやら五百株くらいになるまでになりました。やがて昔のように全山、土佐姫ユリで満開にしたいものです。
と目を細くして話されていました。

 近ごろ時々その時のことが思い出される。
 江戸時代何百とあった武術の流派も時代と共に消滅し現在長く多くの苦難を乗り越え脈々と受け継がれている幾多の流派は何事にも代えがたい幸運なことである。

 また消滅した数多い武術の復活や再興の方策を確立し再び世に問うことができないことかと思う。
 何か責務のようなものを感じる。
 「土佐姫ユリ」の様に、正統会の益々の発展と皆様のご健勝、ご多幸を祈願し新年のご挨拶とさせていただきます。

 

会員の皆様、新年明けましておめでとうございます。★★

二十三年一月

皆様にはお健やかに新年をお迎えのことと心よりお慶び申し上げます。

昨年の私の年頭ご挨拶で対外的交流を進めたいとの抱負を述べましたが、皆様のご理解ご協力のもと、大きな第一歩を踏み出すことができました。昨年は2つの団体、つまり全日本総合武道連盟と全日本戸山流居合道協会と友好関係を持つことが出来、また快く受け入れていただきました。

 5月には奈良・談山神社、9月には京都・旧武徳殿での総合武道演武祭に初参加し、特に大きな舞台での演武は生涯の大きな思い出、経験となることでしょう。ぜひ本年も正統会として皆さんと共に参加しようと思っております。

 世相不安な時代が続いておりますが新しい世の仕組みが生まれてくる予兆と捉え、今少し様子を見守るしか無いようです。

 正統会の益々の発展と会員皆様のご健康ご多幸を祈願し、新しい年が素晴らしい年になりますよう心から願いまして新年のご挨拶とさせていただきます。

 
 

◇◇◇◇◇ 新年を迎えて 二十二年一月 ◇◇◇◇
 

 皆様、新年あけましておめでとうございます。
 会員の皆様にはお健やかに新年をお迎えのことと、心中よりお喜び申し上げます。
 昨年は、春から国内初の新型インフルエンザが神戸で発生し、その後全国的に拡大、学校の休校、各種行事の中止など、本会の錬成大会開催が危ぶまれる事態もありました。

 しかし大会の規模を若干縮小し会長先生の知人であられる「香取神刀流、越智勝流先生」のご臨席を得、会員の皆様のご協力とご努力により滞りなく開催することが出来ました。
 越智先生には神刀流居合道の演武、剣舞ともに心に残る素晴らしい感動を与えていただき私たちの大会がより有意義なものとなりました。

 はるばる遠方からお越し頂いた先生ではございますが、是非次の機会にも再度のお出ましをお願いしたいものです。

  さて、信念にあたり二つの目標を立てました。まず、当会としまして今後積極的に対外的な交流を進めることも一考かと思っております。
 次に、現行の居合は原本に出来る限り忠実に理にかなっており、高段者も増え技量も高く他の団体と比較しても十分な領域に達してきました。

 ただ、技の数が基礎居合、本居合と数が少なく物足りなさもあるかと思います。
 本年の講習会には発表したいと思っておりますが新たに奥居合として八本程度追加することを考えております。
 以上二点につき三役会、理事会を通して決定後実行に移していきたく思っております。
 本年は、寅年!力強くおっとり刀で世に出て、交流を深め、見聞を広め、技量の向上に努め、より完成度の高い居合を目指して頂きたく思います。

 本年も世相の混迷は続き世の安定は程遠いと思われますが、正統会の益々の発展と会員剣士の皆様のご健康、ご多幸を祈念し、新しい年が素晴らしい一年になりますよう心より願いまして新年のご挨拶とさせて頂きます。


 

∞∞∞∞ 新年のご挨拶 21-01-01 ∞∞∞∞
 

 正統会の皆様、新年おめでとうございます。
 皆様にはお健やかに新年をお迎えのことと心よりお喜び申し上げます。

 昨年は、副会長の辻政雄先生のご逝去があり正統会として、また、宝塚居合道協会にとっても大きな出来事となりました。
 先生のご冥福を祈りその意志を継いで会の発展と技量の向上に努めていきたいと思います。

 さて、懸案になっていました技の統一の件ですが、昨年五月に各支部の先生方にご参集頂き個々の技に、出来る限り原本に忠実に技の真意を検討し討議を重ねた結果、真に理にかなった合理的なより良い技に改正されました。今後益々の技量向上に役立てていただきたいと思います。

 年初から混沌とした世界・国内情勢の中ですが、本年は丑年、一息ついてゆっくり力強く確実に心身と技能の向上に努めていただきたく思います。

 正統会の益々の発展と、皆様のご健康ご多幸を祈念し本年が素晴らしい年でありますよう心から願いまして、新年のご挨拶とさせていただきます。


 

平成二十年元旦 年頭ご挨拶 20-01-01
 
日本戸山流居合道正統会、会員の皆様、新年明けましておめでとうございます。

昨年は、正統会として初めての春の大会を会員の皆様、関係各方面の皆様のご協力の元、開催することが出来ました。

特に宝塚支部の皆様の絶大なご協力とご支援により、無事に大変立派な大会を開催することが出来ましたことを心から感謝致します。

本年は、昨年の本部理事会で決議されました、隔年の講習会の年に当たります。
つきましては講習会を開催致しますので、出来るだけ多数参加いただき、正統会として技を統一し各支部での技のばらつきをなくし技能の向上を願っております。

本年も、地道な稽古に励み心・技・体の益々の向上に努めましょう。
正統会の発展と会員の皆様のご健康、ご多幸を願い年頭の挨拶といたします。

 

平成十九年 謹賀新年 19-01-01
 
会員の皆様、新年明けましておめでとうございます。
正統会も結成以来七年目迎え益々の発展を期する事になり喜びにたえない次第でございます。
以来心身を鍛え技量の向上と組織の円滑な運営を図るべく努めてまいりましたが、ようやく機運が整って参りました。

会長先生をはじめ各支部長、そして会員の皆様の並々ならぬご努力とご指導の賜物と感謝致します。
さて、新年度より年間行事として新しく春の大会を宝塚で実施します。
秋の本部大会とあわせ年2大会となり益々の会の発展を期す事と致します。

どうか皆様の参画とご支援をお願い致します。
併せて会員のご健康とご発展を心より願いまして新年のご挨拶とさせていただきます。

 

謹賀新年
 

会員の皆様、新年明けましておめでとう御座います。

正統会も結成以来5年目を迎え、益々の発展を期する事になり喜びにたえない次第でございます。
結成以来、指導者の育成と技量の向上に努めて参りましたが、ようやく各支部に七段・教士以上の指導体制が確立致しました。
これも会員の皆様の並々ならぬ努力と会長先生、各支部長先生のご指導の賜物と感謝を申し上げます。

年をかさねて拡大充実していく組織でありますが正統会の運営についての意見、指導方法などは組織を通して理事会で解決を図るのが正当な組織のある方と思いますので、組織を無視した言行などは厳に此を慎むべきであります。

新年にあたり今一度結成当時の初心に返り心を一つにして、五年目の節目の本年を正統会の一大発展の年と位置付け、会長を中心に発展向上を図っていきたいと思っています。
どうか皆様の惜しみない参画とご協力をお願い申し上げます。
併せて会員の皆様のご健康とご発展を心より願いまして、新年のご挨拶とさせて頂きます。

 

早 春 の 昼 夢

みなさま、新年明けましておめでとうございます。
本年もよろしくお願い致します。

さて、近頃思うことに『道』なのか『術』なのか少々考えることがある。
明治時代以降武道と言われるようになってからなのか、現代の居合は日本刀を抜刀する形式・作法に重点を置き、様式美と精神論が加味され比較的ゆっくりとした刀法が中心になっている。

一方幕末には数百と言われた剣術の流派が有ったと伝え聞く、その中で居合と言う武術は、相手が先に抜刀し構えている状況を設定しそれに打ち勝つ術なのでないか。
又、不意の襲撃に対して、間髪入れず腰の刀を抜き、抜くと切るを同時になす居合は恐ろしく実践的で体現するのは至難であろう。
今剣道の打ち込みに対し抜刀で対応可能か、又それを前提に練習をしているか否かである。

居合の原点とは、絶体絶命のやりとりの場で生まれた戦いの術であることを忘れてはならない。
日常練習の中で各流派・流儀は古武道として集大成・完成されたものであり伝統を重んじ居合道として後世に正しく伝えていく義務がある。
では、術としての居合はその練習も考えてみると、又新しいもの、古き良きものを発見することになるかも知れませんね。

 

井伊家の家老で居合の達人 長野無楽斉

無楽斉は本名を長野十郎左衛門業真と言いその父は、上州箕輪の城主、長野業政の一族で出羽守業政の嫡男が無楽斉とのことである。

戦国時代上杉股肱の一族として転戦上杉が武田信玄に下った後、その配下に帰属、しかしその武田氏も信長、家康により滅亡した。
それが天正十年(1582)の事である。
この時家康は武田の遺臣と名のある板東武者を武将の井伊直政に与えた。
その中の一人に長野無楽斉が居た、当時二十二、三歳であったと思われる。

無楽斉には、それまでに居合を修行した時期があったと思われる。
その師は林崎甚助、またはその高弟の田宮兵兵衛重政或いは両人だったとも伝えられているが、何時何処で師事したかは不明である。
無楽斉は小田原の北条氏攻め、関ヶ原の役、大阪の陣と軍功を重ね、井伊家の重臣に任じられ五千石の禄高で家老職となった、又、武役では侍大将に任じられていたのである。

無楽斉の居合、無楽流は彦根藩では伝承を生まなかった。
井伊家の家風と排他的な土風もあり、家老という地位が、あえて居合の教授をはばかる態度に徹したと思われる。
しかし、井伊家が近江に封ぜられる以前、無楽斉に師事した一宮左太夫【一宮流】沼沢甚五衛門【神流】、又、門下の百百軍兵衛より長谷川英信流が派生し、今日隆盛を見る夢想神伝流、夢想直伝英信流が生まれた。

無楽斉とは、寛永十一年(1634)に隠居してからの号である。
牛にまたがって出歩き、出会う人有れば上下の隔てなく交わるのが、この老人の楽しみでもあったという。
その牛を引く口縄は、常に女性がとったそうである。
生涯妻帯せず慶安二年(1649)九十歳前後で没した。

                                                戦国剣豪伝【学研】より抜粋


神より刀法を伝授された居合の始祖


剣を速やかに抜く法、つまり抜刀法を極めた兵法が居合であるが、その祖として崇敬されているのが神夢想林崎流の開祖、林崎甚助重信公である。
居合を修練する者として始祖の人物像について多少なりとも参考になれば幸いと思います。

林崎甚助重信公は、室町幕府第12代将軍足利義晴の天文11年(1542)、出羽の村山地方の楯岡(山形県村山市楯岡町)にて出生、父は浅野数馬重治と言い、将軍足利義晴に仕えていたが、ゆえあって出羽に流浪してきて、楯岡藩に召し抱えられていた、母は菅野といい、楯岡藩宗家最上家の姫君のお付きで、美貌の誉れ高い女性だった。

林崎甚助6才の時、最上家の諸礼を司る坂上主膳と言うものと、浅野数馬との遺恨から主膳は浅野数馬を闇討ちにして、姿をくらました。
こうして、甚助は父の敵を討つ為に、8才で東根二郎太夫という剣師につく。
だが、その技倆はいっこうに上達せず、母の期待をむなしくさせたが14歳の時、楯岡城下の北郊の林崎神社に参籠しその神域に籠ること100日、満願の夜に示現した神より刀法の奥秘を授けられたが、これが後に居合と称するものである。

刀を持っての立ち会いは、まず刀を抜くことに始まるという自明の理に立って創始されたのが居合である。
長くて重い刀でも、これを容易に、しかも速やかに抜く法というものがあるはずだ。
鯉口のきりょう、柄への手の掛けよう、抜き放つときの腰の遣い、足の踏みよう、手の内の締めよう、等々。

かくて、林崎甚助は、太刀、刀の長短、身体の大小に依らない抜刀法を工夫し、修行を積み、18才で仇討ちの旅に出る。
2年後、上方で仇敵坂上主膳に出会い、本懐を遂げたと言われるが、国に帰ったとき、母なる人はこの世の人ではなかった。

それより飄然と国を去り諸国を歴遊したと有る。
没年も場所も定かではないが一説によると、豊臣秀吉の第一次朝鮮出兵後の文禄3年(1594)に没したという、関ヶ原の合戦6年前のことである。

新春にふと居合のルーツを訪ねてみました。
抜き付けの一刀に450年の長い歴史と脈々と受け継がれてきた重みを諸流派の隆盛と共に次代に正しく引き継いで行きたいと思う。

範士八段

日本戸山流居合道正統会副会長 木戸 正彦

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居合道における基礎知識(三)28-1-1

日本戸山流居合道正統会宝塚支部長 橋 素直

 

  皆様にはお健やかに新年を迎えられたことと心よりお喜び申し上げます

 昨年に続き、沢庵和尚が述べた不動智神妙録から、五つの事について書いてみます。抜粋ですが、今後の居合道修行において参考になれば幸いです。
 
 ◎ 理の修行・事の修行について
理の修行・事の修行と言う事がある。理とは以前に述べたように、「行き着くところまで行けば何物にもとらわれずただ無心になること」を意味する。しかし、もう一つの「事の修行」もしないと身体を自由に動かすことは出来ないといえる。
 事の修行とは抜きつけ、斬りつけ、構えなどさまざまな技術の習得をすることである。いかに理合がわかっていても体を自由に動かせるだけの技術が無ければ話にならない、逆に技術が優れて太刀の扱いなどがどんなに上手でも、究極の理を知らなくては技を生かすことが出来ないのであります。
 「事と理」この二つは車の両輪のようなものでどちらかが欠けても役に立たないといえる。
 
 ◎ 間不容髪(間髪を容れず)について
 間に髪を容れずと言う事がある。これを兵法に例えてみよう。この言葉は「物を二つ重ねた間に一本の髪も入る隙が無い」と言う事だが、例えば手を叩くときに「ハツ」と声をかけて叩くと叩く手と声の間に一筋の髪の毛も入る隙は無いといえる。
 手を叩いてから声を発すると言うものではない叩いた瞬間に声も出ているのである。これと同じ様に、人が打ち込んできてそれにこちらの心がとらわれると、そこには一瞬の隙が生じてしまう、この時こちらの体の動きというのがお留守になるものである。
 相手が打ち込んできた太刀と応じるこちらの動きとの間に髪一筋ほどの隙も無いとしたら、相手の太刀はおのずから此方に有利な太刀となるのである。

 禅問答の場合もこの間髪を容れないというのは重要になってくる。仏法では心に何かが引っかかって物に心とらわれる状態を宜しいとしない、その為心が止まってしまうことを「煩悩」と呼んでいるものである。
 流れの早い川に玉を流すように少しも止まることなく流れ流れる心の状態を尊ぶのである。
 
 ◎ 石火の機について
 石火の機と言う事がある。これも「間髪を容れず」と同義である。石を打てば瞬間に火花が出る石を打つのと火花が飛ぶ間に隙は無い。
 即ちこれは心を止める間も無いことを表しているもので単にすばやいことだと考えているのは当たっていない。早いと言う事よりも、ものに心をとらわれないことが大切だというのである。
 従って、素早いというのも結局は心をとらわれないから早いことになる訳だが、肝心なのはそのところである。
 何か心に引っかかると、相手にこちらの心の内を読まれてしまうものである。早くしなければと思って掛かれば、あらかじめそう思うことにかえって心奪われてしまう。
 石化の機とは、飛び散る火花くらいの速さを言うのである。
 
 ◎ 心の置き所について
心はどこに置いたらよいのか、敵の動きに心を置けば敵の動きに心をとらわれてしまう。敵の太刀に置けば敵の太刀にとらわれる。敵を斬ろうとする事に心を置けば斬ろうとする事に心を奪われ、自分の太刀に心を置けば自分の太刀に心とどまり、斬られまいと言う事に心を置けば斬られまいと言う事に心を摂られるのである。
 又、人の構えに心を置けばその構えに心囚われてしまうのである。これでは心の置き場は見つからないのである。そこで、ある人に聞くと「自分の心をどこかに置けば、心はその心が置かれたところに止まってしまい敵に負けるものである。
 自分の心は臍下に押し込めほかの所には、やらないに限る、そうして敵の動きに応じ自由に働くのがよい。」と言うのである。
 
 ◎ 間合いについて
 間合いには心の間合いと距離としての間合いがある。一般的には後者を指す、間合い、即ち敵との間隔を作るのは我の前後左右の変化である。その間隔は打突に有利なものでなければならない。
 三段の間合いと言うことがある。先ず、初心者などを相手にする時は間合いを近くして初心者の技をいろいろ出させてあげる事が大事である、そうすれば初心者の稽古にもなるし、自分の稽古にもなる。
 同格の相手との稽古では、一足一刀の間合い(敵の太刀下三尺、我の太刀下三尺つごう六尺の間合いが一足一刀の間合いである)で心残りのないように、普通に稽古することが大事である。
 また、他流の者との手合わせでは間合いを遠くして敵の打突が届かない位置を占めて、敵が力尽きて動作を起こす時、つまり引き際を逃さないで一足一刀に打つことを工夫しなければならない。
 大事な試合では遠間に位置を占めて、敵が出れば我は引く、引けば出て、とにかく近寄らない事である。こうすれば一日中試合をしても敵に敗れることはない。この様に、先ず我が身の固めをしておいて敵の隙が生じたときに打ち間に入ることが勝ちに通じるのであります。
 これは他流試合に於ける間合いの事であり試し斬りの場合にもこの間を利用することが出来る。                        以上

 


 

居合道と不動智 27-1-1

日本戸山流居合道正統会宝塚支部長 橋 素直

 

 昨年に続き、沢庵和尚が述べた、不動智神妙録から抜粋して書いてみた。今後の居合道修行において参考になれば幸いである。

「諸仏不動智」と言う言葉がある。「不動」というのは動かないこと、「智」とは智恵であるが、動かないと言っても木や石の様にまったく動かぬと言うのではない。心は四方八方左右とあちこち働かせて、それでいて一つの物、一つの事に少しでも心とらわれないのが不動智なのである。

不動明王は、右手に剣、左手に縄を持ち、歯と目をむき出しにして、仏法を妨げようとする悪魔を屈服させるべく立っているとされる。しかしこの様な不動明王は仏法を守護するものとして、姿形をつくられていながら実は不動智と言うことを体現し人々に見せているものである。並みの凡人はひたすらその見せかけの姿を恐れ、仏法を妨げまいと思うものであるが、悟りに近づいた人は不動智を表すことを充分に知って、いっさいの迷いをぬぐいさるのである。

すなわち、不動明王ほどの不動智を我がものとすることが出来れば、いかなる悪魔にも遅れをとるものではないという事を、その姿は語っているのである。とすれば不動智は、人の心がとらわれぬこと、物事に動じまいとすることを表している事になる。何かを一目見れば心がとらわれ、いろいろな気持ちを抱くわけだが、心が何かに奪われると言うのは、一方では心を動かそうにも自由に動かせない事を意味する。例えば十人の敵がそれぞれ一太刀ずつこちらに浴びせて来たとしよう。この時にまず、最初の一太刀を受け流し、そのことに心を捕らわれないまま、次々と打ちかけて来る太刀をことごとく受け流すならば十人が十人に対して充分応じることが出来るはずである。

十人に対して十度心を動かして、しかも一人として心を奪われることが無ければ、どの敵に対しても応戦が出来るのである。ところがもしも、ある敵に対して心を奪われる様な事があれば、その一人の太刀はしのげても、次の敵に対しこちらの動きは自由を欠いてしまう事である。あの千手観音でも千本ある手のうち、仮に弓を持った一つの手に心を奪われてしまえば、残った九百九十九の手は全て役に立たないであろう。一つの所に心を止めないからこそ千本の手が千本とも役に立つわけだ。

さて観音様とは言え、なぜ一つの体に千本の手があるかというと、不動智を身につければ、千本の手と言え、それぞれ立派に使いこなせるのだと言う事を人々に示すために作られているからだ。それは一本の木を見る場合も言える。木の中の赤い葉一枚に心を惹かれて見るならば残りの葉は全て目に入らない、葉の一枚一枚に目を留めずその木全体を無心に見れば多くの葉の全てが目に入るものなのである。

そうして、ある一枚の葉に心を奪われると残りの葉は見えないが、心を奪われる事が無ければ、葉は何千枚あろうと、すっかり見えて来るのである。この事を悟った人は、すなわち千手観音と同じであります、ところが一般の凡人は、ただ一つの体に千もの目があり、尊く有り難いものだと思い込んでいる。しかも未熟な者になると一つの体に千の目を持つとは嘘もいいところだなどと反対に仏法を非難さえするのである。

 もっとよく知れば、わけも無く信じ込んだり、あるいはそしったりするのではなく、その道理をよく理解し有り難く信じることが出来る仏法は一つの物を通じて道理を表すものなのだから、仏法に限らず、全ての道はこうしたものである。武道などは特にそのことが言えるだろう。

何事につけて表面だけを見るのが一般人の常だから、浅い知識だけでそれを非難するのは、更に悪いことである。全ての事には道理と言う事が必ず含まれているからある。どの道も、道筋は様々ながら行き着く所は同じと言う事になろうか。さて、初心から修行を始め不動智を我がものとすると、もう一度初心に戻ると言う事がある。

 兵法に例えて説明してみよう。初めて刀を持つ者がいるとする。その者は、どうやって刀を構えるのさえ知らないから、何事も心とらわれると言う事が無い。

 ただ、相手が打ち込んで来れば、思わず立ち向かうとするだけである。それが刀の構え方はこう、相手がかかって来る時はこう注意するなどと、色々な事を教えられるにつれて、心を奪われる事が多くなり、かえって動きが不自由なものになってしまうのであります。しかし長い月日、稽古をしていくと、体の構えや刀などどの様に使うかなどと、気にならなくなり、自然と又元の初心時代のように無心の状態に戻れるものである。

 

居合道における基礎知識 26-1-1

日本戸山流居合道正統会宝塚支部長 橋 素直

 新年にあたり、以前静岡でお世話になりました先生より頂きました「居合道における詳細なる基礎知識について」少し書いてみました。
 これは、沢庵和尚が述べた、不動智神妙録からの抜粋ですが、今後の居合道修行において参考になれば幸いです。

無明住地煩悩

 
「無明」と言う文字は明らかでないと言うことである、明らかでなければ迷いが生じる処からこの言葉は迷いを生ずる。

 「住地」とは仏法の修行段階を示す五十二位の一つで物事に心が止まるの意味である。
 「住」と言う文字には「止る」と言う意味があるから何事につけても心がそのことに奪われてしまうことをこの様に言うのである。
 この無明住地を兵法になぞらえて説明してみよう。

 例えば敵が刀を振り上げてかかって来たとする、その一太刀を見て瞬間来るなと思えば相手の刀の動きに心がとらわれ自分は自由に動けずに斬られてしまう。
 この時、打ち込んで来た刀を見るのではあるが、それに対して相手に斬り返そうとか、自分からどう打ち込もうかなどと、いっさい思わず無心でただ相手の懐に付け込んでいけば、斬りかかってきた刀をもぎ取り相手を斬る事も出来るのであります。

 禅宗ではこれを「かえって鎗頭を把み倒し人を刺し来る(還把二槍頭一倒レ刺人来る)」と言う。

 鎗とは鉾のこと、つまり人の持っている刀をもぎ取り逆に相手を斬る事と同じである。
 あなたの言う無刀がこれにあたる。重ねて言うが相手が打って来ようと、こちらからかかろうと、とにかく誰がどう打って来るかなどと言う事に、少しでも心が奪われてしまえば、こちらは自由に動くことが出来ずに斬られてしまう。
 
 敵の心を読もうとすれば、かえってこちらの心を見透かされる。
 意識的にならない事である。
 自分の心を意識して引き締めるのは、初心者のまだ修行を始めたばかりの頃のことである。相手の刀の動きを気にすれば、その刀に心を奪われ、打ち込む機会を気にすれば、それに心奪われ、自分の刀の使い方に気を使うと今度はそれに心奪われてしまう。
 これでは自分自身は抜け殻の様なものになり自由に動くことは出来ないのであります。
 それを兵法に喩て述べたまでである。仏法ではこの「心とらわれること」を迷いとして「無明住地煩悩」と言う。

 


海 外 研 修 で 居 合 を 演 武

2004-6-4〜2004-6-14 In San Francisco USA

IAI is announced at the ESAREN research institute which exists in a suburb of
San Francisco in the United States.

勤務先の海外研修でアメリカのサンフランシスコ郊外有るエサレン心理学研究所で居合の演武を披露しました。
エサレン研究所は、1960年代後半から著名な心理学者によって様々なワークショップ(体験学習)の授業が行われ、世界中から心理学を学んでいる人々が訪れる心理学会のメッカ的存在です。

又、日本文化がとても根強いところで、特に禅や太極拳など、等、精神的な文化の研究が盛んで、禅のワークショップも過去に行われた。
今回、このような場所で居合道を初めて披露し、演武できたことは最高の栄誉であり幸運であった。
演武は6月11日に午前、午後2回行いました。
約40名の方を前に戸山流本居合をやらせて頂きました。
演武終了時惜しみない拍手と痛く感動したとの沢山のメッセージを頂き嬉しかった。

又、滞在中毎日練習もしていました、練習していると見学してくれる人たちが沢山いて色々質問もされ、居合の精神性について言葉では上手く説明出来ませんでしたが、演武をする事によってその場にいたと人たちに精神性を伝える事が出来たとも感じました。
これから居合が心理学と言う分野の中でどのような働きかけが出来るのかは今まだ私の中で不透明ですが、エサレンと言う心理学会のメッカで演武する事が出来最高の喜びです。
この栄誉を与えて下さいました正統会の皆様に最大の感謝を致します。

来年はカナダのバンクーバーです、頑張ります!ご指導を宜しくお願い致します。
 

エサレン研究所(http://www.esalen.org/)
(ESALEN INSTITUTE)は1962年、サンフランシスコの南のビッグ・サーにあり、
アメリカ原住民のインディアンエサレン族の聖地をマイケル・マーフィーと
リチャード・プライスが、この地に研究所を作ることに意義があるということで、
買い取って研究所ができた。この地は5,000年以前から、インディアンが住ん
でいた場所であり、多くの遺跡が発見されている。
エサレンはベースは心理学だが、東洋、西洋の問わず沢山のセラピーの
クラスがある。この施設はNPOとして経営されていて、 仕事をスタートさせる
ための最低単位(150時間)は集中1ヶ月コースと30人のセッションとレポー
ト提出により、カリフォルニアの認定セラピストの許可が取得できる。

  豊中支部:藤原 愛子 

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支部便り 19-01-01

 

剣士の皆様、明けましておめでとうございます。
宝塚支部では秋の十月に宝塚武道学校・居合道教室を開講しました。
幸い今回も居合道教室の修了生が正統会に入会してくれました。

新会員は岡本さんです。皆さん宜しくお願いします。
一年間お世話になった武道館の清掃を年末に
ボランティアで行いました。
清掃参加者は関さん、岡田さん、多賀さん、佐野さんと私の六名でした。
寒い中有り難うございました。

ボランティア清掃は年2回行い夏には体育館の周りの草抜きを行います。
武道は身体と心の修行です。今後も奉仕の精神を忘れずに協力をお願いします。

恒例のお正月奉納居合を一月二日に行いました。
一年間の安全祈願の後、全員揃って奉納演武の予定が残念ながら雨の為場所を喫茶店に移動し武道談義に移りました。

昨年度は異常気象、いじめ、若者の無駄な死、ヘソ出しのわけのわからないファッション、汚職、最後はノロウィルスと暗いニュースが多かったですね。
残念な事です。
日本中の若者が是非居合にチャレンジしてほしいものです。
今年こそ良い年になりますよう、皆様のご健勝とご多幸をお祈りします。

 

迎春

新春を寿ぎお喜び申し上げます。
宝塚支部では本年も新年早々の1月2日、宝塚市内の売布神社にて奉納居合を行いました。
会員の皆様には身も心も引き締まると好評で恒例の行事として定着して参りました。

お陰様で宝塚居合道協会も今年20周年を迎えますが是非とも本年は正統会の5周年と併せて大きな発展の年としたいものです。
年頭に当たり今一度居合いの目的を考えてみましょう。
「居合とは的の不意の攻撃に対し間一髪を入れずに抜刀して敵に勝技であり鞘離れの一刀にて勝負を決する剣技である。すなわち何時、いかなる時、何事が起ころうとも臨機応変に対応出来るように修行し刀の運用、体の活用、技術の鍛錬を目的とするが、何より心身の鍛練、人格修養が最大の目的である。」

今一度、このことを肝に銘じて欲しいと思います。
技術の向上は目的の一つでありますがそれだけで終わらせてはいけません。
剣士樽もの基本的な事柄、つまりきちんとした挨拶、礼を行う、陰で他人の誹謗中傷などをしない等、正々堂々とした武士道の精神を遵守願いたいと思います。

また、私たちの世界は大人の世界でありそれぞれが個々の尊び生かして、厳しさの中に武道の楽しさを感じなければ意味がないと思うのであります。

正統会はこのように「技と和と礼」を大切に堂々たる武士道の精神を尊重する会でありたいと思います。
最後になりましたが新しい年に於ける会員の皆様のご健勝とお幸せをお祈りし、先師の訓を紹介して年頭の挨拶とします。

武を学ばんとする者は先ず心を正せ!

心正しからざれば武の道亦正しからず!

剣は人を斬るに非ず身を修め行いを正す!これ正剣なり!

邪剣は人を失い正剣は人を救うこれ宝なり!

 

  日本戸山流居合道正統会副会長(宝塚支部長): 故 辻  政雄 

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寝 物 語 に 28-1-1

舞鶴支部長:大槻  久

 

  明けましておめでとうございます

 最近どうも寝つきが悪くなりました、年のせいでもあるのでしょう。寝つきの悪いときは居合のことを考えます、あれやこれやと。

 私の場合、帯刀時柄頭は正中線に置きます。正中線よりも右に置く方もあり
ます。
 正座または立姿の姿勢から、正面の仮想敵に対して抜きつけていく場合、正中線に位置する柄頭はいかなる動きをするのでしょう。気が満ちて、左手を鍔に掛ける、次に右手を柄に掛ける、この際、刀全体が僅かに左に傾き、小さく前に送られる 柄頭は僅かに正中線より右に動きます。
 次に前の敵に向かって刀を抜いていくが、この際、一旦右に行った柄頭は正中線に戻り抜きつける部位に[敵の右肩口など]に向かって進みます。
注;[敵の人中胸元に向けて抜きつける場合もあります]
 正中線から抜きつける部位に向かうには、柄頭を大きく左に振って抜きつけていきます。全剣連の制定居合では、正座帯刀時、柄頭は正中線よりも大きく右側にあり、鍔が正中線にあります。 抜きつける際、相当大きく左に振ることになるでしょう。
 
 京都大会などで後ろから見ておりますと、皆さん、見事に柄頭を大きく左に振りつつ抜きつけています。では、正中線に柄頭を位置して、そこから左へ振らずに自然に柄頭の方向へ抜きつけた場合、がま口に大きく切るの、正反対に切り幅が極端に狭くなります。
 ましてや鍔を正中線に置いて抜きつけるならば対座せる敵の左半身にやっと刀身が届く程度でしょう。人の骨格からして、左腰に長物を差して前の敵に相対する、考えてみれば不自然そのものの動き、柄頭を正中線に置いて自然に左に振りつつ抜きつける、あれこれと考える必要は無いのかも。

 抜きつけが終われば、次は振りかぶりです。 始動はまず手首を内に返して、ほんの少し剣先がやや斜め上を向きながら左耳の下にと持ちきたるのであるが、この際右柄手は我が正中線を左に越えてはならない、つまり内に返した右手首を我が額の中心にもち来るのである。
 ここで左手の動きは、右手首を内に返すと同時に鯉口を握ったまま帯にそって体正中線〔へそ前〕に移動し、真下から直線的に上に上げ、柄がかりする。ここから上段構えに入るが全剣連の制定居合では柄頭が切っ先よりも上にあってはならないという鉄則があり。

 益々眼がさえて ムクッと起きだして居合の教本を開く老生。
今年もよろしくお付き合いください。

 

  
准範士を拝受して 27-1-1

舞鶴支部長:大槻  久

 

 昨年10月末に眼病を発症し、年明けに至るも治療を続けております。

 そのため支部の納会も欠席し、誠に申し訳なく思っております。

 さて、昨年秋の総会では、光栄にも小生「准範士」の称号を拝受しました。

 自身を省みるとき、はたしてその域に達しておるのでしょうか、まさに汗顔の至りです。

 今後は、称号に恥じない運剣、剣理を求めて研鑽するのみと心しております。

 居合の段位は、稽古を続けていれば規約にそって、概ね定期的に昇段することになっています。

 ただ、段位は与えられてもその段位に見合うだけのものを備えないと段位と実力が大きく乖離して、甚だ具合の悪いことになります。

 年初に当たり、いついかなる時でも段位に恥じない演武ができるよう願っております。    

     【会う人 皆 我が師  この心構えで進みます!

 

見取り稽古 26-1-1

舞鶴支部長:大槻  久

 明けましておめでとうございます。

 私は、昨年7月から休会させていただいております。
 皆様方にはご迷惑をおかけし、申し訳なく思っております。

 昨年5月、連休を利用して居合大会の見取り稽古をと、京都の全日本居合道連盟、岡山の日本居合道連盟、岩清水八幡宮の大日本居合道連盟を見ようと計画いたしました。

 日程の都合上残念ながら岩清水八幡宮の大日本居合道連盟は行くことができませんでした。
 5
月3日、全居連大会の都メッセ地下会場に入るとちょうど準範士受審者の演武が始まったところでした 会場は広く、見学席も設けられており快適に観武できました。

 以前所属した連盟であり、知った顔もちらほら、同期の連中は、早い人で八段に昇段されている方も・・・。

 若い頃、小生が憧れた先生方もお年を召されてそれなりに抜いておいでになりましたが、 豪快な技を繰り出すあの先生が・・・・精妙な居合で有名なあの先生がと・・・それぞれ年齢ゆえの演武を拝見いたしました。

 ある範士の先生は演武時下織が帯から外れているのに気がつかれず・・・残念な光景となりました 当日は八段以上の先生方の演武の日であり、比較的お若い八段の先生方の演武はなかなか見ごたえがございました。

 技術的には、私が所属していた当時と大きな改定はないと感じました。
 5日は岡山武道館にて日本居合道連盟の大会を見取りに出かけました。
 連盟は英信流、無外流、神伝流、柳生流等で構成されており、英信流の清水宗家、無外流の中谷宗家がいらっしゃいます。

 数年前に見取りに出かけたときは柳生流の方が結構参加されておりましたが、今年は見かけませんでした。
 連盟の制定刀法は、英信流から前と八重垣、惣捲り、無外流から前後切り、野送りを制定しています。
 大会は武道団体らしい厳かな雰囲気で進行され、好感が持てました。

 英信流は全居連英信流と同根であり、大きな違いは感じられませんでした ただ大血振るいで振り下ろす際、手首を強く激しく振り下ろす所作が目につきました。
 また、納刀の際、柄頭が鐺より下がる方は一人も見かけませんでした 英信流では柄が水平より下がるのを否とします。

 無外流宗家の中谷先生のご演武を是非拝見したかったのですが、時間が許さず後ろ髪を引かれる思いで岡山を後にしました。
 両連盟の見取り稽古の結果、我が正統会も堂々と胸を張って良いと感じたところです。

 さ、稽古、稽古

 

  自問自答しながらの稽古 25-1-1
 

舞鶴支部長:大槻  久
 

 月日の経つのがいかにも早く感じられ、まさにあっという間に過ぎ去った一年でした。
 いたずらに馬齢を重ねて間もなく64歳、無為に過ごした月日ばかりが思い起こされ年初に当たり今年こそはとの思いを強くしているところです。

 年齢相応の健康問題を抱えてはいますが、取り立ててどうということはありません。
 気楽な職場に恵まれ未だにフルタイムで勤務させていただきながら二日毎の晩酌、また稽古の後の一杯を楽しみとして居合を続けております。

 最近、親しくしておりました先輩が事情これあり、単身九州に帰郷されました。
 数年前に奥様を亡くされ身軽ではあったのですが、お子様、孫と遠く別れてよく50年余も離れていた郷里にと驚いております。 
 何か思うところがあってのことと理解しています。
 電話でお別れのご挨拶をしたのですが、長話になり最後にはお互い涙声となり・・・・でした。 知己、友人など自分と同じように年齢を重ねどうも涙もろく、仏心が出てきたのかなと思っております。

 さて、私が正統会に入会させていただいたのが平成十六年春、今年で九年になります。
 年齢とともに稽古量が減り、舞鶴道場の稽古参加もせいぜい月2回がやっとの状況です。
 去年の夏はまれに見る酷暑のため八月などはお休みさせていただきました。
 そこで昨年末から私なりの稽古法を試しております。

 それは短時間の稽古で回数を多く〔週4回程度〕を目標としているものです。
 最小限本居合七本、抜刀法十一本、之を二回繰り返します。計三十六本
 業の順番に従って通して抜いていきます。 途中で業を失敗しても決して同じ業を繰り返して抜きません、前後のストレッチと所作を丁寧に行ってもせいぜい30分程度です。

 抜き始める前に注意点をメモしてから抜きます、抜いている内に集中しすぎて注意点をすっかり忘れてしまうこともあります。

 ただ抜きやすいように、抜いているだけでは稽古になりません。流派の掟に従って守るべきことを守る、特に足捌き、などなど・・・

 年齢から考えるともう成長は望むべくもありませんが、しかし自分と向き合うことはいつまでも出来ます。
 自問自答しながらの稽古、楽しいものです。
 本年もどうか宜しくお願いいたします。

 

正統会の皆様新年明けましておめでとうございます。24−1−1

 

 平素は正統会の行事への参加も思うに任せず、皆様方に大変ご迷惑をおかけしております。
 団塊世代にて、この状態もまもなく2回目の定年を迎えて改善と考えております。
 年初に当たり最近思うこと、考えることなど記してみます。

 居合を習い始めた頃、ある先輩が〔俺は寝る前に、業の想定を考えるのだ〕と発言されたのが、妙に記憶に残っています。
 その前後の話は記憶にありません。 
 私も布団に入って寝るときに、本居合三本目左の敵など、腰をねじりながら刀を抜きかけ・・・・夢うつつ 右足先を内にして踏み開き、で足を突っ張って・・あー目が覚めた となるのですが、これも日課のようなもので、稽古に参加できないときなど、考えることにより新しい発見のようなものもあって、有効なものではと考えます。

 私は、若い頃から抜きつけについて同じことを繰り返し注意されておりました。
 それは、抜きつけが二段になっていることです 講習会などで指摘を受け、集中稽古で克服したものの時間の経過とともに以前の抜きつけに戻っているのです。

 居合の本義は鞘放れ、抜き付けの一瞬にあると教わってきましたが、横一文字の抜きつけの場合、切っ先が鯉口から出た瞬間、鞘引きと右手、手の内の働きで一直線に敵の体に向かうはずなのですが、切っ先が鯉口を出てから一瞬左へ移動し、敵を薙ぎ払いにいっているとのご指摘です。
 
 稽古の際、必ず最初に横一文字の抜き付けを行い昔からの癖を克服するよう努力しております。
 二段抜きと称される抜き方は、留め抜き、薙ぎ払いなどの総称だと思いますが、演武会など見取り稽古で、この抜きつけの一瞬を焦点にするのも興味深いものと思います。

 「居合こそ朝夕抜きて試みよ 数抜きせねば太刀もこなれず!」 

 今年もこの道歌を目標に精進致します。

 

居合「刀」と私  20-01-01
 

日本戸山流居合道正統会舞鶴支部長:大槻  久
 

 正統会の皆様ご壮健にてお過ごしのことと存じます。

 昨年秋の大会の際、舞鶴支部長を拝命致しました、もとより浅学非才の凡夫、只々穏やかに皆様と一緒に居合を稽古してまいりたいと考えております。

 居合をするには真剣であれ模擬刀であれ必ず刀が必要です。
正統会の皆様もそれぞれ刀に対する思い、こだわり、愛着などお持ちのことと存じます。

 私が最初に手にした居合刀は、師匠からいただいたもので二尺三寸五分、鶴丸の鍔がつき黒呂鞘、柄は綿巻で軽量、最近でもよく見かける入門拵えのものでした。

 主に英信流正座の部を修得中約一年半程度使用したのですが、体力に比し軽すぎるため師匠の許可を得てこの刀は後輩へと申し送りました。

 次に手にした居合刀は、とにかく重さのあるものをと考えていたところ、偶々近所の剣道具店にあったもので、同田貫写しの豪壮な造り込み、二尺五寸余、重量約1.2キロ、身幅十分、柄長九寸のもの、当時この刀で、力任せに振り回して悦にいっていたものです。

 前に使用していた刀に比して重さがあるため、使い始めて最初にまず手首に痛みが出て次に肘に移り最後に肩へと痛みが移っていきました。
 半年ほど使用するうちに痛みも無くなり、上段からの斬り降ろしに重さが作用するのが大いに気に入って三年程度使いました。

 当時居合の稽古といっても業務繁忙の働き盛り、家庭にあっては育ち盛りの子供二人を抱えなかなか時間を捻り出すのに苦労して、なんとか週一回程度が限度でした。

 このころから師匠の勧めもあって全居連の初抜大会、講習会、段別競技会に参加するようになったのですが、勤務その他の業務で参加申し込みをしていても直前になってキャンセルが幾度もあり遅々とした歩みでした 。

 大会等に参加し、人様の差料を拝見する機会が増え私のように重く長寸の刀を使っている方は殆んど見かけず、また英信流の業には不向きではないかと疑問を感ずるようになりました。

 居合入門時からの師匠は、たいへんおおらかな方で、あれを使えとかこれを使えとは一切おっしゃらず、我慢して見てくださっていたのかなと今になって思っております。

 以降この刀は自衛隊在隊時の居合道部入門者用として使っていたのですが、そのうち行方不明となり、現在も駐屯地のどこかの倉庫で眠っているものと思います。

 この頃盛んに行われていた大阪での講習会によく参加し、英信流の正座、立膝、奥、大日本抜刀流「抜刀法」の形をおぼろげながらなんとか抜けるようになり、居合を一生続けようと思いはじめました。

 ここで次の刀をと考え始めたのですが、二尺四寸五分と決めたのみで、柄を短く先調子にして斬り降ろし重視でいくか、かつまた手元調子にして片手抜き付けを重視するか、はたまた拵えはと随分逡巡しました。

 どうせなら真剣をも一緒にと考え大会等参加の際、出店などを熱心に物色したものです。

 偶々業務で東京出張の際、ある武道具店に立ち寄り陳列してあった模擬刀に何かしら強く惹かれるもの「刀身が非常にしっかりしていること」「銀縁頭金具」があり、やや衝動買いに近いものですが結局これも何かの縁と、この店で細部について注文拵えで造ってもらいました。

 この居合刀、柄巻きは劣化により一回巻き直しましたが、現在でも使用しており刀身はびくともせず非常にしっかりしたものです。

 次は真剣をと五月の全居連京都大会の折り、隣の武徳殿の出店にて現代刀で居合道家に結構人気の肥後赤松一派の刀に惹かれるものがあり、これも即決で購入し現在に至るまで気に入って使っています。

 趣味の道具って「縁」ですねー何かの 長く探していても会えないときは会えず、出会いって突然あるものですね。

 平成九年春、京都大会で六段受審、末席ながら允可を受け、師匠の推薦により直門生として第一歩を踏み出して間もなく平成十年春、突然発病し入院・手術・経過観察のための通院と闘病生活に入り、やむなく居合から身を引き刀も箪笥の奥深く納めて永く手にすることがありませんでした。

 平成十五年夏、病後五年を経過し、再発の恐れはほぼ無しと診断され、何処か近傍で居合が出来るところは無いものかとネットにて検索していたところ、日本戸山流居合道正統会のホームページに辿り着き、平成十六年二月弥伽宜神社に赴き入会させていただき現在に至っております。

 平成二十年二月にて満五十九歳、昨年夏には腰を痛め稽古もままならず復調するまで約半年を要し、つくづく健康の有難さを実感致しました。

 最近は、あと何年元気に居合が抜けるものか?と殊更考えるようになりました。

 若い頃高齢の先生方が、演武会などで膝の故障のため立業のみの演武をなさっていたことまた大病から復帰され平成七年の初抜大会で見事な演武をされた某先生のことなど思い出します。 
 いつまでも健康とはなかなかまいりません。
 元気で居合が出来る今こそ大事と考えるこの頃です。

 「今今と今という間に今ぞ無く 

 今という間に今ぞ過ぎ行く」  道歌

 まさに今、考えさせられる道歌ですね。

 


 

 

一 人 演 武 28-1-1

舞鶴支部:菊地 雄二
 

 宝塚の前田先生より毎回「宝塚市武道祭」参加の声掛けをして頂いています。
 これまで数回参加しましたが、今回は「個人演武をしてみてはどうですか?」とのお誘い、私にとって断る理由は有りません、即座に「はい、お願いします」と言ったものの一人演武は経験がありません。

 しかし、数字は一(いち)から始まるように、物事には初(はじめ)があるように、私なりに歩んで来た「居合」、一つでも「型」を残し、ひとつの「節目」と成れるようにと「一人演武」を決意いたしました。
 「それで演武はどうだった?」と聞かれたら、私自身点数を入れたとしたら、「えーっと何点かな?」点数は入れられませんネ。人前で自分の点数を出せるようにもう少し稽古をしたいです。
 
 でも数分間の「演武の中」に私にとって貴重な時間を得ました。良い経験は勿論です、大げさに言ってみれば、「集大成」です。数分間の演武は私其のものの居合でしょう、そう成ると今の五段「少し早かったのかな?」と、そんな事を考えます。
 いやいやそんな消極的ではいけませんね、もっともっと前向きで行きましよう!

今回の「演武祭」舞鶴支部から若手の二人、崎山先生と碓村先生との三名で参加しました。碓村先生は初めての合同演武、此れからの居合に対していい経験に成られたでしょう、崎山先生も演武のお手伝い、見取り稽古と良い一日だったと思います。
 二人にとってこの経験が此れからの「居合」の一つの節目に成る事を祈っています。


 

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初 笑 い 28-1-1

会計監査(宝塚支部) : 関  順厳<としみち>

 

  昨年は世界中、日本に限っても政治、経済その他各方面において良いニュースが少なくて残念でしたね。

 さて、正統会舞鶴支部では最近多数の若手入会者があり羨ましく思います。一方、宝塚支部ではこの数年、一人、二人と退会者が出て先行き不安な気持ちでしたが、昨年十月から小浦君と高藤さん(紅一点)、久方ぶりに二人の入会者があり感激、一安心で喜ばしく思います。
 
 私ごとですが居合道を学び始めてから十数年となり現在 「錬士、五段」を拝受しておりますが、年もソコソコとなり、目前に米印が近づきつつあります。
 刀技未熟につき少しでも上達をと励んでおりますので、なお一層の厳しいご指導をお願いする次第です。

 ところで、昨秋、宝塚市西公民館祭りに「ペンと書の会」を通じ私の書を出展し大変人気を博しました。書の題材として使ったところ多数の方からアンコールのあった、朝日新聞「天声人語」、特選の素晴らしい“川柳”をご紹介します。
 私もこの川柳は面白く拝見し中には身に沁みるものもあり何度見てもクスッと笑います。
 皆様も「初笑い」にいかがですか。
 
 今年こそ社会全体が明るくなるよう期待を込めて!

・角が取れ 丸くなるのは 背中だけ

・置き場所を 思い出せない 備忘録

・子や孫が 無理をするなと こき使う

 

 

JR生野駅の不思議について 27-1-1

会計監査(宝塚支部) : 関  順厳<としみち>

 

 中国山脈の東端位に位置し周囲を山に囲まれ、標高315m位の窪地(昨年紹介しました竹田城より少し低い)に分水嶺でもある、生野銀山として有名な生野町、生野駅がある。JR姫路駅から14個目、和田山駅より4個目、姫路―和田山間は約2時間である。

 播磨の国(瀬戸内)と但馬の国(日本海)を結ぶ重要な鉄路であったが交通網の発達などで今は淋しい線となった。名称は播但線、単線である。生野町は但馬国の番所も在り姫路から北に徐々に登り3つのトンネルを抜けると生野駅、駅より直ちに急な下りトンネルを抜けると但馬の口となる。

 ここからが本題であるが、皆様も旅をされた時移り変わる風景、駅舎、駅弁などに興味をお持ちでお気づきとは思うが、日本ではすべてのJRをはじめ交通機関、道路はすべて東京(駅)を中心として上り、下り、となる。普通に複線とは、上り右、下り左、となるのが原則である。単線は上下共通で、駅によっては単線、複線で上り、下り別となっている。

 しかし生野駅の場合は不思議なことに上り線に下り列車が入り、下り線に上り列車が反対に到着する。理由は上り竹田駅近くより徐々に登り新井駅より急坂となりこれ以上急なればアプト式になる上限の急坂で(汽車の二重連、三重連で人気の線でした。)

 生野駅近くの急坂のトンネル出口に駅があり上り線に入るには急カーブにて速度を緩める事ができぬ故そのまま下り線へとなる次第で、全国でも珍しく数少ないそうである。旅行中の乗客は気づかないことが多いそうだ。また、生野駅を境に南へは市川、北へは円山川となり乗客の旅行者はあっ、川が逆になっていると話題になることが多い。高地の為夏でも涼しく、ゴルフをされる方には生野高原カントリー倶楽部は真夏でも快適なゴルフが楽しめます。

 

竹田城趾へ 26-1-1

会計監査(宝塚支部) : 関  順厳<としみち>

呼ばれている今話題の四季折々様々な姿を見せる「竹田城跡」について少々。

 JR山陽本線、姫路から播但線和田山行に乗車、列車は市川沿いに走り播磨平野の切れる寺前近くから長谷と美しい渓谷を右左に、四季折々に彩る草、樹間をぬけて走る。
 トンネルを
2つ過ぎると銀山の町、生野。
 出発後すぐ急なトンネルとなるが標高
310m余から一気に円山川沿いに新井(にい)、青倉、竹田となる。
 竹田駅裏に標高
353.7mの竹田城跡(生野は9合目あたりか。)山頂からは四方を囲む山々がパノラマのように広がり円山川が古い城下町をぬうように流れている。
 日本百名城の一つに数えられている城は播磨の赤松氏に対する最前線基地として山名宗全氏により造られた土塁の城で現在の総石垣の城は最後の城主、赤松広秀氏により完成したと考えられている。

 
4百余年の時を経て城跡は南北400m東西100mで天守台を中心に羽を広げたような形で自然の地形を上手に利用して堅い守りを密に計算し建物を配したのではないかと思われる。
 
虎が臥せているような形に見えることから「虎臥城」(とらふすじょう)の別名がある。
 関ヶ原の合戦後は廃城に追い込まれ石垣群は大小の自然石を平行に寝かせるように積み上げた「穴太積」(あのうづみ)で築かれている。
 大津市に現代も続く祖があり名神高速道にも利用されている。

 山城遺構として完全な形で残る美しい姿は映画のロケ地として選ばれ「天と地」、特に高倉健主演の「あなたへ」では話題を集めた。
 また来年のNHK大河ドラマ「軍師官兵衛」のロケ地としても使われ益々人気が高まりそうだ。国の指定史跡、現存する山城として日本屈指の城跡である。

 

  途切れた領収印―「範士 辻 政雄 老師」の思い出 25-1-1

宝塚支部:関  順厳<としみち>
 

 師走のある日、当会の会報などを整理中、会費領収袋を10通見つけた。中に平成15年の入会月の領収袋を発見し目が留まった。
 思えばあれから雨の日も風の日もまた寒さにも暑さにも耐え、先生方の指導に恵まれ、また仲間にも支えられ頑張ってきた。
 その間領収印は、辻 政雄会長から、藤原さん、高橋さん、多賀さんと変わり何か郷愁めいたものを感じる。時に平成19年8月分からは辻先生の㊞で無くなっている。

 思いかえせばこの年の年頭より「最近体の調子があまり良くなくてね。」と言われていた。
 その後5月13日に武道館で開催された居合道大会の席上、辻先生に宝塚市武道連盟会長から数々の貢献に対し感謝状が贈られ、会員一同さもありなんと感激一入でした。
 当日は大会終了後会場を移し和気あいあいと懇親会を開催、その節先生はもともと弱いお酒が入り剣をマイクに置き換え意気揚々と力強く“旅姿3人男”を唄われた姿が眼に浮かぶ。

 また、先の大戦時、先生は満州での旧日本関東軍での苦労話、失敗談、終戦後の過酷な抑留生活、“辻 正信” 陸軍参謀と名前が似ていたことから間違われて得をした事、苦難、悲しみを背負って帰還したことなど面白おかしく話された。

 稽古の会場である4折57階段の上がり下りを「段々と疲れるししんどいなー」と言われて、時に私が道着袋をお持ちしたものだが、その都度「いつもすみません。」と律儀にお礼の言葉をいただいた。
一昨年1月2日の売布神社新年居合奉納の時に寄った茶房でもお店の方が、先生がよく立ち寄られたと話され何か因縁めいたことを感じた。

 辻先生が旅立たれて4年余り、当時を懐かしく偲びながら新年を迎えました。

満州=現 中国東北部黒竜江省・遼寧省

 

 

談山神社奉納演武祭に参加して 24-1-1

宝塚支部:関  順厳
 

 

 平成23年5月3日(祝)奈良県桜井市、談山神社境内にて行われた。
 「全日本戸山流居合道協会」主催の奉納演武祭に有志が参加。
 奉納演武、試斬り、懇親会に参加した。

 天気予報は晴れとあったが曇りがちで黄砂の多い中、車に便乗し出発。
 史実の名高い桜井・談山神社に詣でるといった高揚した気分に浸りながら高速を飛ばして奈良に入り、のどかな田園風景を見ながら新緑に萌える神社に到着。
 途中渋滞に巻き込まれたせいで演武時間に遅れたため「けまりの庭」では他団体の演武がすでに始まっていた。
 我々の番となり揃って本居合を力強く見事に演武したところ賞賛の拍手を浴びた。居合の試斬りもあり当会からも3名が参加した。

 演武終了後は重文の総社本部前で記念写真を撮り引き続き、懇親会へ。
 和気あいあいの中会食も終わりお開きとなった。私は、授与所に足を運び朱印をいただく。(朱印は多武峰神社のみ。)
 多武峰談山神社は未だ桜花弁も少し残り楓の若葉とともに萌える候であってそれらが見事でした。
 季節折々の美しさを想像するとともに神社内の国宝、重文、文化財などをゆっくり見てみたいという思いにかられながら帰途についた。

 新年2月には橿原神宮奉納演武も予定されており、飛鳥万葉の舞台での演武、散策をかねて会員剣士とともに参加したいと思っている。ぜひご一緒いたしましょう。

 

 

雑  感 21-01-01
 

宝塚支部:関  利満
 

 ◎新年明けましておめでとうございます。
 新春の陽光とともに激動の年、思い出多き二〇〇八年は永久に去り希望の風に乗り、
二〇〇九年は訪れぬ。我が感無量にして筆舌に尽くし難きものを覚ゆ。

 今年は丑年、但馬のコッテ牛ごとく力強くヨダレのごとく粘り強く、モウ一歩、モウ一歩と何事にも前進重ねて急がず、焦らず、のんびりゆっくり健康に留意して幸せな一年でありますよう良い年にして いきたいと思っています。
 私は「筆」を数年習っていますが筆も居合に通じている点があると最近思っています。
 筆習字において、心を静め、呼吸を整え、姿勢を正し、字の形・バランス、強弱、トメ・ハネを考え、中心線を正しく見取り、筆を運ぶことが最重要、肝要かと。

 また、何事にも奥が深く居合においてもこれらの事など何か共通することが多いと感じています。
 居合道における礼儀、姿勢、服装、所作の前後、刀の刃筋への角度、正面切り、袈裟切り、逆袈裟切り、突き、横一文字切り、等など中心序破急が大切であると思います。

 日々の精進が何より大切であると思いますので、皆様方のご指導よろしくお願いいたします。

 荀日新、日々新、又日新

 

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 試斬りについて そのU 25-1-1

宝塚支部:岡田 清高
 

 前回は斬る時は刃筋を通し、物打ちで斬ることが重要であると話した。
 今回はどうすれば斬れるか、私の経験をお話したい。
 袈裟斬り(左右)、これは居合抜刀、試斬りの基本的な斬り方である。
 物体を30度から40度の角度を守って斬ることが原則である。それには正しく大上段から振り下ろし角度を守って、斬るときは少々前に出て体を後ろに移動させながら斬る、所謂引き斬りをする。

 物打ちで斬ることが重要。この斬り方で中段の構えから一歩踏み込んで斬る。そして私たちの最終目的である演武と同じ斬り方、つまり抜き付けから即斬りへと努力する。
 ほかに横一文字、片手袈裟などあり。

なお、袈裟斬りの場合、一本に対し3〜4箇所斬りが限度だ。斬り口が長い程格好いい
ように見えるが、斬り口が長いということは浅い角度で斬ることになり特に竹など斬る場合、刃先が片ほうのみ強く当たり刃先がウロコ状に欠けることもあるので注意が必要である。
角度を守って正確に斬るよう留意したい。

次に試斬りを行うときの一番大切な安全上の諸注意をまとめてみた。

1.刀を扱うので細心の注意が必要である。目釘の点検、刀の曲がり、使用後の手入れ

2.見学者の安全に細心の注意を払う。

3.自分の技を過信しない。台に対象物がきちんと固定されているか目線で確認する。

4.精神統一しきびきびした雰囲気で実施する。

5.刀、竹、藁などが飛びそうな位置で見学させない・しない、撮影器具などは設置しないほうが良いが、やむを得ない場合は離れた安全な場所に設置する。

 

試し斬りについて 24-1-1
 

宝塚支部:岡田 清高
 

 旧年5月に談山神社において演武会に参加した。
 戸山流は4,5流派があると思うがこの主催団体は立ち技だけの演武のため本当に斬れる居合を目指しているように思う。

 試斬りは畳表巻、紙筒、竹などを試斬り台に差し込み行っているのをく見る。
 実施目的は日頃の演武などの再確認で刃筋、角度が本当に正しい方法で斬っているか自分自身でチェックすることが大きい。

 しかし実際に真剣を手にして自在に斬ることができるかと言えばこれは話が別であるという考え方もある。

 日本刀は本来、折れず曲がらず、よく切れるように出来ており刃物としては恐らく世界最高であろう。
 しかし日本刀の特徴を有効に活かし実際にものを斬るためにはそれなりの方法論が必要になってくる。
 同時に刀の扱い方及びどの位置で斬ればあまり力を入れずによく斬れるか学習する必要がある。

 よく先生方から刃筋を通すように、また、物打ちで斬るようにと指導されるが、しかし物打ちの位置が各人それぞれ異なっている。
 ある人は切っ先四寸のところ、ある人は切っ先5寸という具合である。
 「刃はごくごく薄いので角度がちょっと違っただけで欠けたり刀身が曲がったりする。
 刃が斬る方向にまっすぐ入り込んで初めて斬れる。そして最も斬れるところが物打ちという箇所である。」
 

 

居合道に学ぶ

宝塚支部:岡田 清高
 

 昨年、元勤務していた会社、神戸製鋼所のOB会に参加し、久しぶりにお会いした先輩から「今、何やっていますか?」と聞かれた。
 「ハイ、居合いを五年ほど続けております。」「そう言えば君は若い時から武道系が好きだったな〜、真剣を使っているのか?」「いいえ、模擬刀ですが真剣そっくりです。」「それでも集中力がいるな〜、その年齢で継続している事も良いし、君は又袴姿がよく似合いそうだな〜」とお褒めの言葉を頂いた。

 そう言えば確かに集中力の向上は居合をやる大きな効果の一つであると感じている。
改めて居合の効果について独断と私見を述べてみたい。

 一つ「集中力の向上」
刀を所持し勝つ事が全てであり、勝って生きるか、負けて死ぬか!の二つに一つ、その中間は存在しない。
従って命のやりとりが目的のため残心なり、遠山の目付を養う。

 二つ「体力の維持・向上」
練習時、居合腰、足の踏ん張り、手の握りなどマンションだと6Fへの上がり降りぐらいの体力を要します。

 三つ「ストレスの発散と活力の増強」
腹の底からエイッ!と気合いを発するとストレスが発散し気力が充実してくる。

四つ「問題の解決の糸口を掴む」
居合いは理合であると言われ道理にかなった技の組み立てが練られている。

 五つ「人間形成の向上を図る」
特に若年層 ・・礼節を重んじる  ・・平常心を養う  ・・落ち着きがでる

 私の経験から大まかに列挙してみました。
以前、宝塚居合学校を受講して帰るときのこと、宝塚支部の高橋素直教士から「岡田さん道場への交通手段は?」と聞かれ「原付バイクです。」「帰り気をつけて下さい!」と言われ「ハイ、有り難うございます。私は安全五原則を守り、ここで教えて頂いた、残心の心と遠山の目付で安全運転を励行しています。」と答えると高橋教士から、両手いっぱいの丸、を頂き何か中学生に戻ったように嬉しかった。

 原付バイクは周りにガードするものが無く大怪我の危険性があります。
まして世の中交通戦争で自分の身は自分で守るしか有りません。
 その他、人によって効果は様々と思いますが、是非皆様とディスカッションしてみたいですね。

 参考:交通安全五原則 @安全速度を守る。 Aカーブの手前で速度を落とす。 B交差点では必ず歩行者の安全を確かめる。 C一時停止で横断歩行者の安全を守る。 D飲酒運転は絶対にしない。

 

鞘鯉口部の補修方法

宝塚支部:岡田 清高

1.摩耗箇所のチェック

 @納刀時角度約15〜20度斜めにして刀身が抜け出したら補修が必要です。
 A補修箇所 4ヶ所(最大)  ※居合用真剣(居合用)
     イ.刀側が痛んでる場合が多い。
     ロ.刀の表側:刀を差した状態で外側向き。
     ハ.刀の裏側:刀を差した状態で内側。
     ニ.鎬側(峰側)
     ※隙間チェックは新聞紙可(参考:新聞紙圧0.15mm)

2.摩耗部分の手入れ

 手入れ工具:カッター(小)、はさみ(小)、有れば組ヤスリ(平・半丸・角8本組)、割り箸
         紙ヤスリ(ペーパー:荒目・中目150番〜250番)
 ※紙ヤスリを挟み込んで使用、及び接着後の押さえ棒

3.補修材

 @朴(ホウ)材
   ※朴材は鞘に使用し、硬くもなし、柔らかくもない適合材。
   鉋クズ(削材)0.1mm〜0.25mm 良く使用するもの0.15mm
        幅40mm〜50mm 長さ50〜60×2枚
       
幅10mm〜20mm 長さ50〜60×2枚
 A木工ボンド(20分程度で接着可)
 B接着要領(ボンド取り扱い説明書通りにする)
 Cハバキの長さ プラス3〜5mm程度にする。
 D外側反面を接着面とする。
    ※反対にするとタテ割れと接着不良になる。
     ※接着した
鉋屑を唾液で押しつけて接着を待つ。

4.後処理

  出した部分を3〜4mm長めにハサミで切り、カッターにて切り揃える。
  強く当たっている所は、鈩にて摺り合わせをする。2〜3mm手前にて仕上げを完了。
  好みにより長さを決める。
  ※紙ヤスリ仕上げは、研磨材が悪さをするので、侵入防止。
  イ.斜め下向き加工。  ロ.つめものをする。  ハ.良くふき取る。

 

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栄光への脱出 “点”25-1-1

宝塚支部 川田信郎

 どこかで眼にしたり、耳にしたことがあるようなタイトルである。
 「長いトンネルを抜けると雪国であった。」ではないが“点”に至るまでの道程はまさに聞くも泪、語るも泪ではないが、それ程辛辣な事でもなく大層な事・・・?と言われるかも知れないが、当方にとってはまさにそうなのである。

 途半ばで辞めようかと思った事でもあるからだ。
 

 

『光  芒』 24-1-1

宝塚支部 川田信郎(武村)



 
当流を学んで1年くらい経て居合にますます熱が入ってきた頃、先輩から試斬の話を耳にするに及び、当方も是非にも体験したく、刀剣の月刊誌に紹介されている中より一刀を買い求めた。
 日頃目にしていた竹林から青竹を2本採り出してきた。
 人気の失せた近くの公園で、準備したコンクリート製の車止めに青竹を固定し、携えてきた刀を腰に落とし間合いを計り足下を確かめ、腰の一刀を抜きつけた。
 
 腰間一閃、青竹を右袈裟、左袈裟と斬り落とした。
 カッ!という音とともに断ち斬った。二本目も同様にカッ!最後に右袈裟を試みこれも見事に斬り落とした!自己満足の態で後片付けをして部屋に立ち戻り手入れ用具を持ち出し、刀身を空拭い、打ち粉、丁字油と手入れを終えた。
 あらためて純色に光る刀身を眺めた。
 作刀されて四、五百年経てきた刀身の腰間一閃、公園の外灯の光芒の中に、背負ってきたであろう時代の歴史を垣間見ることは出来得なかったが、先の大戦の折、軍刀仕様にされた刀の打ち込み、庇、受け庇などの色々な庇跡を目にした時”斬る“という刀本来の使命感を一瞬の光芒の中に感ずることができた。

 老いて尚且つ当方の望みを満足させるためその使命を果たし得ることは驚嘆するとともに永きにわたって朽ちもせず未だに凛とした姿に敬意を抱く。
 刀剣美として世界に冠たる日本刀であるがこの刀を打ち鍛えし刀匠の素晴らしさもさることながら、培ってきた日本の風土、他国から伝来してきた色々なことを淘汰し、消化し確立された日本の文化・日本の伝統に万歳!  

 とりわけ日本刀の鍛造法は世界に類を見ないものである。一瞬の光芒の中に見た日本刀の素晴らしさに乾杯!

 

 
 

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私の居合道と彌伽宜神社 19-01-01
 

舞鶴支部/理事:高橋 信之
 

 正統会の皆様には、あらたな年を迎えられ誠におめでとう御座います。

 私の正統会との巡り合わせと彌伽宜神社にまつわるおめでたいお話しを少し述べさせて頂き新年のご挨拶と致します。

 私は正統会発足直後から舞鶴支部に関わりを持っていますが、当時のことを振り返りますと田中会長様と当時舞鶴支部を活発に取り仕切られていた方との、たった一言の言葉「高橋さん、正統会居合道と彌伽宜神社をインターネットで幅広く皆さんに紹介してもらえないだろうか?」の言葉から正統会との関わりのはじめでした。
 当初はまぁホームページを作ればいいんやろ≠フ軽い気持ちからの出発でした。

 此の軽い気持ちも数年続きましたが、田中会長様と話しているなかで、舞鶴支部長としても「我々もやはり居合道をやらないと駄目でしょうね」と会長様と私との会話の中から現在に至り稽古を奮戦中です。

 私自身は以前は卓球を協会に属し長くやっていましたが、アマチュアスポーツはたいがい土日に試合等行事が行われることが多く、毎週のようにあちらこちらの試合に役員として参加していてこんな事していたら、自分がやりたい家のことなんか出来へんわ≠ニ思い始めたところでしたが、卓球はやりたいが、役は辞めたい、こんな虫の良い話など皆さんに出来る訳がありません。

 「そこで仕方なくスッパリ卓球全てを辞めてしまえば役からも解放される」こんな浅はかな気持ちでスッパリ辞めていたところに、田中会長様からの居合道正統会へのお誘いでした。

 しかしながら、卓球と違い勝ち負けのない居合道(正式にはあるのでしょうが)は丁度私にとって良かったように思います。
 今では大槻七段教士先生のご指導のもと田中会長様と共に稽古に励んでいます。

さて、彌伽宜神社にまつわるお伽話のようなお話しを一文紹介したいと思います。

 彌伽宜神社の赤い鳥居をくぐる手前右側に有る小さな祠<ほこら>の事ですが、その祠の名前は「枯れ木堂<枯木の宮>」と言い今でも毎年8月31日に祭礼がありますが、今では何故か「仏式」で執り行われています。

 歴史資料書の「丹後風土記」によりますと実に面白い枯木浦文面(舞鶴湾誕生)に会うことが出来ます。

 その昔、国造りで島々を集めるかけ声が呼び名になったそうです。
 舞鶴湾の戸島から東側、東港の古名を枯木浦(かれきがうら)と言います。

【神様がおいでおいで=z

 「昔、少彦名(すくなひこな)と大巳貴(おおなむち)(大国主尊)(おおくにぬしのみこと)の二人の神がこの地で国を造ろうとしたとき、海に清らかな島が欲しいと思った。

 島を集めるため、笠松山に登り大きな声でカレキカレキ(おいでおいで)≠ニ呼んだ。
すると、四島が集まってきた。

 これが枯木浦の名の由来であると伝えています。

 二人の神が登った笠松山とは、舞鶴湾の東側にある愛宕山で、呼びかけに集まった四島は、渕島(現在の浮島)、烏島、蛇島、戸島(現在:府青少年の島)であると言われています。

 一番大きい戸島は、枯木浦を外敵から守るために入り口にとどまり、戸の役目を買ってでた。
 そこで、その名が付いたとも伝えられています。 

【歴史を形づくる島々】

 この四島は、古くから枯木浦の歴史を形作っています。
 戸島では古代の祭祀土器が発見され渕島には鎌倉時代の元寇に敵国降伏の祈願がされたという嶋満神社をまつり、烏島には中世水軍の一人・水島碇之丞(いかりのじょう)が城を築き、今も弁天がまつられ、蛇島には戦国時代の武将・逸見(へんみ)駿河守が城を築き、著名な連歌師・里村紹巴(じょうは)が訪れたといいます。

【大自然への祈りにはじまる】

 枯木浦の歴史と祈りは、古代海人の大自然に対する祈りにはじまり、中世の水軍たちに受け継がれ、育まれたものであると考えられています。

【あとがき】

 こうした歴史文書も伝えられている枯れ木堂が何故現在地に現存するのかは定かではありませんが、それだけ彌伽宜神社は歴史的な神社であることには間違いのない史実です。
 もう一つ、古代は少なくとも彌伽宜神社近くまでは海であったという事も考えられます。
何故なら彌伽宜神社よりまだ山の方側には「船越」と言う地名もあるぐらいです。
 
 演歌 演歌 

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刀及び拵え部位の名称

 

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 彌伽宜神霊剣=形名称及び詳細(動作)はこちら
   
   一本目=彌伽宜大神  二本目=四大五条  三本目=金生麗水  四本目=守真志満  五本目=祭祀蒸誉  


★★★★居合披露★★★★

一刀のもとに真竹を試斬(四方祓い)する高橋教士八段
 平成16年10月17日彌伽宜神社/三安神社祭礼・新嘗祭

新嘗祭に奉納披露する正統会の皆さん
平成16年10月17日彌伽宜神社/三安神社祭礼・新嘗祭

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